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わが宿吉水―ウッドストック・自然流暮らしから自己流の宿をつくる

2010.02.24 Wed

 一九九八年七月一七日、京都は祇園祭りでにぎわっていました。東山に位置する八坂神社の祭りです。四条通りの正面にある赤門を入り、神社の境内を抜け、後に続く円山公園をも通り過ぎ、坂をどんどん登ったところにやっと数寄屋造りの古い建物が見えてきます。これがわが宿吉水です。この祭の日に開業を決め、何も経験のないまま自己流の宿屋業が始まりました。
 この年の二月二五日、私は五五歳の誕生日を迎えました。この日私は、自分の中で卒業宣言をしていました。娘として、妻として、母としての肩書をやめ、大学卒業したての頃の一人の人になろうと。

 父も夫も中小企業の経営者で、この二人のもとで経理担当というカゲの仕事をしてきていました。前年に大好きな父が亡くなり、いつも良い娘でありたいとの願いにもピリオドが打たれていました。 夫のパートナーとして、仕事上でも家庭の中でも(自分で言うのですから間違いありません)、なかなか良い妻だったと自信を持っていました。母としては、電子レンジも持たず、いやがられても食材から安心・安全をもとに健康第一の食事作り、手作りの家庭生活に力を注いできました。二人の子どもは大学を出て各々の道を歩み始めていました。とにかく健康な子どもを育てたという母親から、二人と大人の付き合いをしていこうと思いました。 大学を卒業し三〇年余り。同年齢の男の友人達は、各々自分の仕事に専念し、世に言う出世街道を歩み、頂点に達している頃でした。彼らは、一筋に仕事人間で、ほとんどが美術館に行くことも、音楽会を楽しむこともなく、接待上のカラオケの曲を増やし、ゴルフの点数を自慢し合っている、そんな状況を批判しながら、自分ならああもしたい、こうもしたいという思いを常に頭の中に描いていました。大企業優位の社会の中で、父も夫も中小企業を真面目に守ってきて、生活上でもバランスの取れた人達でした。特に夫は、プロにも匹敵する芸事や、子育てにも母親並みで、私が仕事を続けてこられたのも良きパートナーシップのおかげだと思っていました。

 けれど仕事上では経理業務という補佐的役割についている私の中に、いつか自分を思いきり表現して、大企業の彼等に小の存在を示してみたいという願いが、今になって考えてみるとあったのだと思います。子どものころからあまのじゃくで、反抗心の強かった私が、良い嫁良い妻良い母として静かにして一生を終わる訳がなかったのかもしれません。五五歳の誕生日の、さあ次に行こう!という願いがかなって、四月三日、桜満開の円山公園の中の古い宿の建物に出会うことになりました。誰かのためではなく、自分の意思を表現するために何かを始めるには、今だ!と、この桜に飾られた建物は大きなエネルギーを私に与えてくれました。

 一九七〇年から七一年にかけて、ニューヨーク州の北部の小さな町、ヒッピー発生の地、ウッドストックで、結婚して間もなく夫と暮らしました。ここでの一年余りのアメリカ人の友人宅での自然流暮らし方は、以降の私の生き方の基本になり、それは細胞に受け入れられたことで、変わることはありませんでした。テレビなし、電子レンジなし、化学調味料なし、合成洗剤なし、もちろん化粧品もない暮らしが当たり前になりました。精製しない米・小麦、添加物の入らない食品・調味料等、食べることにおいてもごく普通のこととして続けてきていました。この暮らし方しか私にはできない。それならこの暮らしを百年の古い宿でも取り入れて、自己流の宿をつくるなら、未経験でもできると判断しました。

 こんな私の提案を母は、しっかりね、と背中を押してくれました。娘は、今度はお母さんの番ね、と。また、夫や息子も口を出さないという協力態勢をとってくれ、宿屋業は出発しました。以来間もなく十二年を迎え、この間に銀座と京都綾部にも吉水が生まれてきました。大企業には出来ない、自己と社会の間に矛盾を持たない、小さくても意志のはっきりした会社が、今も頑張って続けられています。

 暮らし方、生き方が社会の中で最小単位の一人の人の基本であり、この一人一人が集まって家庭となり、職場となり、社会となっていくのですが、過去六十年の間に、人の存在が物やお金の存在のカゲで疎かにされてしまいました。私が提案している「ちょっと前の日本の暮らし」を今こそ見直し、先人の智恵を取り入れて、心と身体が元気になる暮らしを取り戻さないと、社会全体が壊れてしまうと、心を痛めています。難しいことではありません。日常の小さな暮らしを手作りな心配りで包むだけで、大切なものの本質が見えてきます。

 何歳からでも思いがあれば何でも始められ、今日より遅いことはないと信じています。若い方達は情報過多の中で、他と比べることで、自分の現在の状態に焦り、不安になりますが、日常の暮らしにしっかり足をつけていれば、自分の道は必ずその先に現れてきます。大きな課題や目標を立て、それをどうしたら実現できるのかと相談に来る若者がたくさんいますが、「青年よ大志をいだくな、日々の暮らしを大切に」と申しています。
お宿吉水代表 中川誼美(パド・ウィメンズ・オフィス『女性情報』2010年2月号「ポジティブな女たち」より)

カテゴリー:パド・ウィメンズ・オフィス