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京都96条の会 集団的自衛権についても考えてみました 岡野八代

2014.06.23 Mon

憲法危うし2013年11月に立ちあがった京都96条の会も、二月に一度の憲法サロンと、群馬での出張サロンとともに、すでに4回のサロンを開催してきました。

次回は、7月12日同志社大学にて開催します。「明日の自由を守る若手弁護士の会」兵庫支部の弁護士の方々に、「憲法ができるまで」の寸劇を披露してもらいます。詳しい日時は、こちらから。

憲法サロン no.4

安倍政権は、憲法改正を96条に手をつけることでハードルを下げようとして、それができないとなると、憲法を憲法としては認めないような暴走を始めました。

自分が作った「私的な」安保法制懇の報告書にお墨付きをもらったとして(でも、この中には憲法専門家はたった一人で、しかも安倍首相お気に入りの憲法学者です)、集団的自衛権が現行憲法下でも行使OKだと、5月15日の記者会見で安倍首相は断言しました。

いったい、安倍首相は何をしたいのだろう?「やりたいから、やる」?「新しい国を作る(王政ですか?)」?

そうこうしているあいだに、今度は集団安全保障も行使OKだと言い始めました。地球の果てまで、好戦的な合衆国にお付き合いしていくのですか?

さまざまな疑問や困惑、怒りのなかで、京都96条の代表を務めています、わたくし岡野は、次のような論文を引用しながら、エッセイを書きました。是非ともご覧下さいませ。

論文は、合衆国の社会学者、故Charles Tilly さんの”War Making and State Making as Organized Crime” [Bringing the State Back (Cambridge University Press)所収] からの引用です。

特定の政府や一般的に政府を擁護する者たちは、まさにつぎのように論じる点で共通している。つまり政府は、国内の、そして外国の暴力からの保護を提供しているのだ、と。

かれらは、政府が人びとに課す保護の対価(税金や徴兵のことです)は、じっさいに保護にかかる費用よりも通常安いのだと主張する。保護にかかる費用が高いと文句を言う人びとのことを、「非国民」とか「転覆者」呼ばわりし、時には両方の汚名を着せる。しかしここで、たかり屋racketeerとは、自分で脅威を作り出し、そしてその脅威を減じてやるからお金を出せという者である、ということを考えておかねばならない。

政府が、その市民を守ろうとしている脅威が架空のものであったり、実際には政府の活動が引き起こした結果であるならば、その政府とは、「守ってやるぞ、詐欺a protection racket」を組織しているのだ。

政府は、通常、外部との戦争という脅威をシミュレートし、刺激し、ときにでっち上げたりさえする。また、政府の抑圧や税金の取り立てがしばしば、市民の生活に対するもっとも大きな現実の脅威となる。

そのため、多くの政府は本質的にたかり屋と同じことを行っているのだ。もちろん、一つだけ違いがある。たかり屋は、慣習的な定義によれば、政府という神聖さもなく、ゆすりを働いているからだ(p. 171)。

エッセイ全体をお読みになりたい方は、「安倍首相からの、15の贈り物――守ってやるぞ、詐欺?」をお読みください。

カテゴリー:京都 96条の会

タグ:憲法・平和 / 岡野八代 / 憲法 / 憲法改正