2009.08.28 Fri
8月18日、衆議院議員総選挙が公示された。30日には、かつて2回だけあった選挙結果による政権交代が、実現するだろう。2005年の「小泉郵政選挙」では、自民党の女性候補が比例代表名簿で優遇され、女性当選者が43名で、戦後初の選挙での39名の記録をようやく破った。しかし、その後の政治過程で女性の利益はとり入れられたとはいえない。今回はどうか。
主要政党のマニフェストに「子育て支援」が躍っているが、なんだかワクワクしない。子どもを持ちにくい原因を、「収入の多い少ないの問題」に還元して、実際の不安や苛立ちに触れていないからだ。20代・30代の人が、子ども手当てがあるからといって、もう1人増やそうとはしないだろう。安定した収入があって、もう一息経済的に不満足な世帯には有効かもしれないが、非正規労働者の場合、そうではない。 日本では、均等法導入後も「一家を養う立場」の男性向けと「家計補助的低賃金」の女性向けの仕事が分断され、同等の仕事をしても「パートや非正規だから」という理由で、正社員との時給の格差がひどいままだった。バブル崩壊後、正規職に就けない男性が、「パート女性並み」の仕事になだれこんだ。男性だからといって家族全体を養う賃金は出なくなったが、「一家を養う」という意識が残っている。収入が低く不安定な男性は、「結婚も子どももまだ」と考える。職場環境が育児と両立しないと感じる女性は、出産後は専業主婦を希望しがちだ。「いい相手」として意識される高収入男性は、求める女性の数に比して10分の1程しかいない。彼女たちは、「焦って結婚すべきでない」と考える。
次の条件がないと結婚や出産は増えない。ひとつは、男女ともに「男性が一家を養う」という想定を離れること。第2に、雇用の不安定性が減り、将来の収入の見通しが立つこと。第3に、1人の収入が100万円前後でなく、300万円を確保すること。さらに、午後6時に帰宅する夫である。日本のワーキングマザーの多くは、保育所から子どもを連れて帰るのと、夕食の買い物と調理を1人でこなしている。このモデルは若い女性たちから、働き続けたいという意欲も、もう1人子どもが欲しいという元気も奪っている。
現在の正規と非正規との格差は、皮肉にも、「男女均等待遇」では解決しない。「非正規の男性と女性が等しく待遇が悪い」からだ。そうでなく、正規労働者と非正規労働者が同等の仕事をしていれば待遇も同じにするのが「同一価値労働同一賃金」原則で、この政策こそ必要だ。
「同一価値労働同一賃金」は、欧米では1980年代に取り組まれたが、日本では政策課題になっていない。今回の選挙では民主党や社民党のマニフェストにあるが、目玉でなく、具体性がない。また西欧では、女性の再就職の際にスキルの回復や獲得のための職業訓練を提供した経験が、男性の非正規化への対策に生きている。日本ではこれも不在で、若い男性が「支援のない日本の女性並み」を強いられている。
自民党の幼稚園・保育所無料化政策は、子どもが保育所に入れないと役立たないと批判されたが、「子ども手当て」も、雇用が不安定で出産に踏み切れない層には、恩恵がない。所得制限なしだと、金持ちの子どもが増えるだけになる。選挙後に現場の声を入れて、雇用政策や保育サービスの現物供給に予算を振り向けるべきだ。
今回の選挙で女性候補は増えた。しかし、大量擁立した幸福実現党を除くと175名で、前回より微増だ。民主党は前回に比べ倍増だが、小選挙区候補をブロックごとに見ると、四国の23%から中国の5%までばらつきがあり、党の一定基準による登用とはいえない。また、小選挙区候補を比例名簿でみな同一順位に置いており、拘束式名簿が本来持っている女性候補選出促進のメリットを削いだ。小選挙区で当選しなかった候補者を同一党内での惜敗率で競わせるので、地盤・看板・かばんで相対的に不利な女性候補は負けやすい。参議院の比例代表が拘束名簿から非拘束名簿になった際、女性の当選は減った。
前回の小泉首相による「比例上位の女性枠」は拘束名簿を生かしたが、民主党はこれを否定した。候補者間の平等を言って同一順位にこだわっているようだが、実際の格差を無視した「機会の平等」である。しかしクォータ制が世界100カ国で、それも特に労働党や社会民主主義政党によって採用されている現在、女性のみならず、先住民族や障害者といったマイノリティ候補にも一定の議席を確保するような、「結果の平等」への転換が望まれる。
マリエット・シヌーは、2000年のパリテ(男女候補者半々制度)以前のフランスにおける社会党の女性候補登用の遅れについて、「殿の気まぐれ」という言葉で批判した。地域党員の選出によると男性に偏るので、女性の公認候補を党中央や派閥リーダーが決めて押し込む。客観基準によらないため予測しにくく、女性候補は、党内での庇護者(男性)に従うことになる。「小泉郵政選挙」での女性の登用は、1回限りの「殿の気まぐれ」で、党則の改正に到らなかった。今回の選挙で彼女たちは苦戦した。他方、今回の民主党の女性候補登用は、「殿の気まぐれ」でないのか。そうでないなら、党の正式機関で討議し、男女候補者の比率や公認の基準を明示すべきだ。また比例名簿の同一順位という原則を見直すべきだ。
マイノリティへの配慮は、非正規労働者にも通じる。本当は何に困っているのか、政策はそこから作らなくてはならない。そして、正社員のみの労働組合代表や元官僚や地方議員ばかりでなく、パートの女性や派遣の男性という当事者も候補にすべきだ。候補者のスキル不足には、政党が職業訓練として、演説の仕方や有権者との関係作りを教えるべきだ。そうでなくては、政治は市民に近づかない。今回は民主党が小選挙区候補者を多く当選させ、女性候補が「惜敗率争い」を強いられても勝ち上がるだけの比例票を取り、同一順位の問題は大きく現れないと予測される。
しかし、公認決定のルール化や正規・非正規の格差対策の具体化があいまいなままなら、女性や子育て支援は、今回も選挙の道具だったことになる。
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