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映画評:『ディファイアンス』 上野千鶴子
2009.11.24 Tue
彼らの沈黙から、私はこの物語を実話と信じる。苛烈な過去こそ語れない。
ナチに死のキャンプへ送られると知りながら、なぜユダヤ人たちは、唯々諾々と従ったのか?殺されるとわかっていたら、なぜ死を賭して闘わなかったのか?そう疑問に思うひとたちがいる。事実ドイツの敗戦で解放された強制収容所の生き残りは、後に移住したイスラエルで羊のように引き立てられただけの無力な者たち、と侮蔑の目で見られたという。 だか実際にナチと闘って同胞の命を守り抜いたユダヤ人がいた。1941年旧ソ連領、ベラルーシ。ドイツ領下でユダヤ人狩りが始まった。ナチに協力した地元の警官に両親を殺されたビエルスキ三兄弟の逃走と復讐、自衛のための壮絶な闘いが始まる。それも次々に森へ逃げこんでくる同胞の数はふくれあがり、1200人にも達した集団を守って。
『シンドラーのリスト』や、和製シンドラー、杉浦千畝のようなヒューマニズムものではない。足手まといの老人や女子どもを抱えて、同胞が同胞を守る命がけの闘いだ。酷寒の深い森の中、三年間にもわたる極限の逃避行が始まる。飢えと寒さ、食べ物をめぐる葛藤、お決まりの内紛、だかそのなかでも営まれる日常と愛、そして生まれ出る命。
エドワード・ズウィック監督は『ブラッド・ダイヤモンド』や『ラストサムライ』などのアクションものが得意。登場人物が英語で話すハリウッド製映画は、あわやユダヤ版『ランボー 怒りの脱出』になるかと……。実際、執拗なナチの攻撃に反撃する彼らに、ナチの兵士がまるで模型の標的が斃れるみたいに撃たれていくのをゲーム感覚で見てしまう。やばい。圧巻は、追い詰められて進路に立ちはだかる沼地を、モーゼの一行のように渡り切る場面だ。彼らが生き延びたことを知っていても手に汗を握る思い。
そう、これは実話だ。ビエルスキ兄弟は戦後、ニューヨークに渡ってタクシードライバーなどをやりながら1987年まで生きた。家族にすら自分たちの過去の多くを語らなかった。それを掘り起こした書物が出版されたのが1993年のこと。彼らが沈黙したことで、私はこの話を実話だと信じる。あまりに苛烈な過去については語れないものだからだ。たぶん映画は、うつくしすぎる。
それにしても邦題が『ディファイアンス』とは。なんとかならんか。「公然たる反抗」とか「ナチと闘い抜いたユダヤ人」とか。
監督:エドワーズ・ズウィック
制作年:
出演:ダニエル・クレイグ、リーヴ・シュレイバー、ジェイミー・ベル、アレクサ・ダヴァロス、アラン・コーデュナー、マーク・フォイアスタイン 配給:東宝東和
(クロワッサンPremium 2009年3月号 初出)