2009.12.05 Sat
文芸時評で“空洞の作家たち”という言葉を聞いたのは、もうかなり前のことだ。実際は作家といわず老いも若きも、心の中にあてどない不安や孤独を抱えて生きているのが、おおかたの日本人の心象風景ではないか。それでも何とか空っぽの心を満たそうとしながらも。
今月は、そんな少し風変わりで、ユーモラスで、けれどいじらしいほどに一生懸命な若い女性たちの物語です。 是枝裕和監督「空気人形」のヒロインは、ゴム製の等身大の人形。持ち主の内気な青年秀雄と古ぼけたアパートでまるで新婚夫婦のように暮らしている。秀雄は毎晩、食事とお風呂の後、ベッドでその日の出来事や心の内をすっかり人形に聞いてもらい、セックスをして眠る。秀雄にとって人形は必需品だけれど、人形は自分は「誰かの代用品」と感じている。
ある朝、英夫が出勤した後、人形(ペ・ドゥナ)は瞬きひとつするとベッドからゆっくりと身を起こす。押し入れの中からメイド服を選んで着て靴を履き、そっとドアの外へ。
「私は心を持ちました。持ってはいけない心を…」とつぶやきながら、初めて見る人間世界に興味津々。戻らぬ母を待つ子ども、空虚感を食べ物で満たそうとする若い女性、新聞記事の犯人はすべて自分と交番に”自首”し、巡査を悩ます老女…人間もそれぞれ空っぽだと知る。
最後に入ったレンタルビデオ屋で、店員の純一(ARATA)と目が合い、翌日からアルバイト店員に。純一に仕事を教わりながら、だんだん心の存在を実感する人形。店長に「好きな人は誰もいない」と嘘をついたのは「心をもったので」と自弁。
ある日、人形は誤って転び、腕の傷口から激しく空気が抜け始める。驚く純一に「見ないで!」と叫ぶ人形。純一は素早く傷口をテープで塞ぐと、萎む人形のお腹から体内に何度も息を吹き込んでくれた。一息ごとに膨らんでくる人形の恍惚の表情。「もう大丈夫だよ」と抱きしめる純一。いつまでも床の上で抱き合う幸せなふたり。
恋を知った人形は、秀雄の部屋で最新式の別のゴム人形を見つけ、「私って何?代用品?」と秀雄に聞かずにいられない。「そういう面倒な話は苦手」と逃げる秀雄。翌日、人形は生みの親の人形師(オダギリジョー)を訪ねると…。
原作は短編漫画だが、細部にまで意外な現実感がある。韓国女優ペ・ドゥナが難しい役を好演、ちょっと夕づるを思わせるはかなさで、空洞を抱える人間たちへの共感とやさしさ漂うラストへと導いてゆく。
森田芳光監督「わたし出すわ」は、“百年に一度”の世界的不況の現代ならでは?の、「お金の使い方」をめぐる物語。東京から突然帰郷した摩耶(小雪)はなぜか大金を持っており、高校時代の同級生たちのかつての夢をかなえるため、「私、出すわ」と次々に資金提供を申し出る。果たしてお金で幸せは掴めるだろうか。
なぜ、他人を援助したいのか?第一、その大金の出所は? 謎めいた摩耶の行動だが、一人ぽっちで入院中の寝たきりの母親を見舞う素顔は、不安や孤独感で押しつぶされそうだ。摩耶から援助金を受けとってしまった側にも大きな試練と運命の転換が待っている。働き盛りの電車の運転手、マラソンランナー、研究者などになった元同級生らは、貰った金をどう使うのか。本当に夢の実現のために生かせるのか。金の使い道ほど生き方の現れるものはないというが、出した摩耶自身をはじめそれぞれの現実と“明日の幸わせ”は…。
森田監督は、かつて映画製作資金を出してくれる人がいないかなとの夢想したことから着想したというだけに、嘘のような、ありそうな話。(いや、実際に巨額の映画製作資金をポンと出した人物を私は知っている。)いかにもマネーゲーム時代らしい設定の中に、他人の夢に懸けることで心の空洞を満たされたいヒロインの切ない心模様を見事に描き出している。
(「婦人之友」2009年10月号 初出)
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