エッセイ

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高齢者が街へ出るには  上野千鶴子

2010.01.16 Sat

 いま日本でいちばん注目を集めている大規模デイサービスセンター、山口県の「夢のみずうみ村」をたずねた。カジノがあることで有名な施設で、NHKで紹介されたこともあるから、ご存じの方も多いだろう。山口市と防府市の2カ所にあって、第1号の山口市内の施設は登録利用者数350名、定員100名とたしかに大きい。「夢」と車体に大書された10台近いマイクロバスが、片道1時間の距離を走り回って広域の利用者の送迎にあたっている。

 カジノがあるという理由で、税務署の立ち入り検査が入った、と担当者が笑い話をしてくれた。ばくちと言っても掛け金は、「ユーメ」という単位の、施設内だけで通用するローカルマネーである。使い果たせば稼ぐこともできる。たとえばリハビリで廊下を歩けば何ユーメ、というように。わたしが訪問したときには、利用者の男女が花札やトランプに興じて、笑い声が絶えなかった。 利用者は朝、自分の名札のあるところに、リハビリ、プール、パソコン、パン教室、陶芸などの選択肢のなかから好きなオプションを選んで自分のメニューを決める。杖(つえ)をついてやってきた麻痺(まひ)の人も、杖を玄関で置くことを求められる。手すりの代わりにつかまり立ちのできる雑多な家具類が置いてある広大な建物を、移動するだけでもじゅうぶんなリハビリになる。この施設では利用者の自立心、自由と自主性、ゲーム性のあるあそび心などを刺激するしかけがいっばいだ。実際利用者の声を聞くと、「ここは自由でいい」という答えが返ってくる。

 利用者の多くは、前期高齢者、それも脳血管障害などで後遺障害の残った要介護度の低い人たちで、要介護2までで90%を占めている。おもしろいのはこの施設の利用者の男性比率が約6割に近いこと。要介護高齢者の男女比が3対7と女性が圧倒的であることを考えれば、この施設の「男性度」はきわだって高い。ここはたしかに「男性向け」にできている。「自由」というのは集団で何かをすることを強いられず、放っておいてもらえるからだ。他人と交わることが苦手でも、見守りはある。
 
 この施設を見るにつけ、次のような疑問が頭をもたげる。「夢のみずうみ村」は、一見したところヘルスセンターとカルチャーセンターとを合体したような施設だ。違うのは高齢者専用であることと、ケアスタッフがいること。それなら….。なぜ既存の施設、すでに公共施設や商業施設として整備されたヘルスセンターやカルチャーセンター、それに碁会所や雀荘、巷(ちまた)の料理教室や趣味のサークルへ、この人たちは出かけることができないのだろうか。そうすればそこには高齢者だけでなく、多様な年齢や属性の人たちとの出会いがあるだろう。どんな施設にでも、バリアフリー対応と見守りのケアスタッフ、それに送迎サービスがつきさえすれば、この人たちはもっと街中へ出て行くことができるはずだ。

 「要介護認定」を受けたからこそ、介護保険を利用してこういうサービスを利用することができるにはちがいないが、「夢のみずうみ村」で生き生きと過ごす高齢者を見るにつけ、この施設が「要介護高齢者専用」であることのふしぎさを逆に強く感じる。介護保険が高齢者の「社会参加」を理念にすれば、至るところが「夢のみずうみ村」になるはずなのだ。

初出:「月曜評論」信濃毎日新聞、2010年1月4日付け

カテゴリー:ちょっとしたニュース

タグ:くらし・生活 / 上野千鶴子 / 老後 / 高齢者