エッセイ

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1996

【ライブ中継への反響・その2】 「爆笑新春トーク」に対する所感と批判        林 葉子

2010.01.20 Wed

 WAN初のネットライブ「爆笑新春トーク」は、東京から遠く離れた場所に住む私にも「参加」できるイベントとあって、数日前から楽しみにしていました。そして実際に聴いてみて、やはり聴くことができてよかったと思います。言葉以外のものから伝わることはとても多いので、文字だけの対談録を読むよりも、その場の雰囲気を正確に知ることができました。私は子持ちなので、特に夜のイベントにはなかなか足を運びにくくて、これからもこんなふうに、多くのイベントをネットで中継してくれたら、本当に助かります。

 ただ、こうして録画したものが残るとなると、発言の細かいところも気になってきます。録画なら簡単に聞き直しができるので、さりげなく発言された一言一言も、チェックするのは容易です。このことは、おそらく発言者にとっては怖いことだろうし、聴く側も、適当に聞き流すことが難しくなります。そして、私はこの新春トークを聴いてから、ある部分に対してモヤモヤしてしまって、WANに自分の意見を投稿すべきか否か、ずいぶん悩みました。これが、もし一度きり、対談を生で聴いただけなら、一瞬「あれ?」と思って終わるはずなのですが、WANのトップに録画が残っているので、簡単には忘れられないのです。 その私の「モヤモヤ」とは、包茎についての澁谷知美さんの話に対する違和感です。この違和感をここで表明するにあたっては、以下に、いろいろとマニアックな資料を引用しますが、話題が話題だけに、ネットで意見表明するには勇気が要ります(小心者ですので)。でもこれは大切な話です。対談の中では澁谷さんの『平成オトコ塾』の中で、全体のバランスを欠くほどに包茎の話が大きく取り上げられていると上野千鶴子さんに指摘されていますが、まず、その澁谷さんの、最も力が入っているという包茎についての発言の要点をまとめますと、

1)70年代までは、「仮性包茎」という概念は日本には無かった。(70年代に突如、高須クリニック等によって、包茎という「問題」が捏造された。)
2)それまでは、剥ける、剥けないということだけが問題で、剥ければ「病気」とはみなされなかった。

という話でした。しかしこの1)2)の見解は、歴史的に見れば、ともに間違いです。「仮性包茎」概念は、すでに1930年代には見られますし、包茎については戦前にも頻繁に論じられ、治療を要するものだとされていました。またこの間違いは、単に一つの事実誤認ではなく、歴史観全体にも関わってくる問題だと思います。

 まず、上記の澁谷さんの見解が間違っているということの論拠を挙げますと、1935(昭和10)年に『性愛生活 夫婦読本』(竹田津六二著、保健社、国立国会図書館所蔵)という本が出版されていますが、107ページ以下に、次のように記されています。

 「包茎は、其程度の如何に関せず、凡て完全に治療する必要がある。男子の性器は、略一人前に発育して来ると、大抵自然に包皮が剥けて亀頭を露出する。処が青年壮年になつても子供同様亀頭が包皮に被はれてをるものがあり、それを包茎(皮被)と云ふ。此包茎の中で、何うしても剥れないもの又は剥る事の困難なものを『真正包茎』と称し、容易に剥る事の出来るものを『仮性包茎』と称する。仮性包茎は、唯包皮が長過ぐる為に何時も亀頭が被はれてをるので、其表面の皮膚は非常に薄く弱く、真正包茎と殆ど同様な害を伴ふから、早く治療する必要がある」

 この本は、このあと、包茎の人(「仮性包茎」を含む)は「花柳病」(性病)にかかりやすいことを説き、包茎の治療法としては、自分自身で「翻転」の練習をするか、それがうまくいかない場合は「早く手術するに限る」と論じています。そしてその手術法についても述べ、下手な医者にかかると「取り返しがつかない」ので注意するよう呼びかけています。

 「仮性包茎」という概念が初めて用いられたのがいつのことかは分かりませんが、包茎を問題化する言説自体は、1935年よりも、ずっと早い時期にも数多く見られます。

 日露戦争後、男性の性病問題がクローズアップされ、性病を自分で治療する方法について解説した通俗医学書(いわば『家庭の医学』のようなもの)が多く出回りました。そのうちの一冊である『応用問答 生殖器健全法』(平井成著、脇秀文館、1908年、国立国会図書館蔵)では、「応用問答」の一番最初に「包茎は如何なる害の候や」という問いが出されています。そしてここではすでに、包茎だと性病に罹りやすいということが問題点として挙げられています。また、この当時の新聞を見ますと、包茎が性病の原因となるということを理由に包茎手術を勧める病院の広告が多数掲載されています。この時期にかぎらず、明治期の日本では、現在の日本では想像できないほどに広く性病が蔓延し、人々の深刻な悩みの種となっていました。そして包茎は、その性病との関係において問題化されていたのです。

 もう少し時代が下って、1915年の『衛生世界』(第二巻第八号、衛生世界社)では、次のような問答が掲載されています(回答者は著名な医師である羽太鋭治)。

「問 陰茎の皮かむりは花柳病の伝染の機会を作ると云ふが実際ですか。其療法は。(AK生)
答 包茎は花柳病伝染の機会を作るのみではありません。陰茎の発育を防げます。其れで其療法としては手術をしなければなりません。手術には無血的手術と着血的手術があります。何れも局所麻酔で、無痛的に手術が出来ます。又包茎は陰茎癌の誘因ともなります」

 こうした雑誌記事を読んだ当時の男性たちは、自分の性器を病むことへの恐怖感を煽られ、包茎を「問題」として把握し「治療」を要するものだと考えるようになったのではないかと推察できます。このような包茎の問題化の過程においては、日本では代々割礼が行われてきたから遺伝的に日本人の包茎は少なくなった、というようなエセ進化論的な言説さえみられます。手術を要するとされているのが、どの程度の状態なのかということについては、時代や論者ごとに書き方が異なっているようですが、いずれにせよ包茎が性病や癌の原因の一つとして位置づけられることにより、たとえ実際には「真正包茎」ではなくても「もしかすると自分は包茎かもしれない」と不安を抱く男性が増え、そのうちの少なからぬ人が医師に相談しにいったり自分で「治療」を試みたであろうことは、想像に難くありません。

 では、なぜ私がここで、包茎が問題化された時期やその言説の内容にこだわっているかというと、男性性器の表象は、その時代の人々の男性性についての意識の反映であると考えるからです。

 新春トークの中で上野さんは、かつての赤松啓介さんとの対談(『猥談 近代日本の下半身』現代書館、1995年)における赤松さんの発言を紹介しながら男たちの「男根コンプレックス」について指摘していますが、包茎の問題化という現象も、やはりこの「男根コンプレックス」の表れだと私は考えます。包茎について、陰茎の「不具」と表現して手術を勧める本も出版されています(医学研究会編『色情衛生顧問 男女生殖器の話』名倉昭文館、1908年、国立国会図書館蔵)。

 また、上のいくつかの引用文にも示されているように、包茎の問題化は男性の性病への関心と表裏一体であって、男性の性病への関心が、各時代ごとに、どのような形で示されたかということは、戦前の日本の公娼制度や「従軍慰安婦」問題などにも関わりのある、きわめて重大な問題です。男性の包茎が問題化されはじめたのと同じ時期の通俗医学書において、買売春について、売春する女性ばかりではなく買春する「男子の罪を問う」べきだという言説が見られることも着目すべき点です。

 戦前の日本では、男たち(兵士たち)が性病に感染することをいかにして防ぎ、いかにして軍事力を増強するかという観点から公娼制度を採用し、その公娼制度を維持すべきだとする存娼派と、廃止すべきだとする廃娼派との間での論争が長年にわたって続いていたのですから、その肝心要の男たちの性病に関わると考えられた包茎が、戦前に軽視されていたと考えるのは、そもそも不自然な話です。単に70年代の一クリニックの陰謀説として片づけることのできない根深い問題が、この包茎についての言説の背後に横たわっていると考えるべきではないでしょうか。

 そして、この包茎「問題」が論じられた背後にある性の歴史の暗闇が、いまだほとんど手つかずのまま、人々の無関心のうちに放置されている限り、男であれ女であれ「楽になる」方法を見出すことは、容易ではないと思います。

カテゴリー:ちょっとしたニュース

タグ:男性学 / 林葉子 / 歴史学

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