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『パチャママの贈りもの』(松下俊文監督) 松本侑壬子
2010.04.03 Sat
<塩湖の上に吹く風は>
この映画はドキュメンタリーでも、通常の劇映画でもない。ニューヨーク在住の松下監督が初めて現地を訪れたときの感激の映像化だという。感激のままに「パチャママ(母なる大地)の恵みの下で暮らすケチュア(インカ帝国の末裔)の人々とアンデスの風景の上を吹く風を撮りたい」という思いである。
出演は子供から老人まですべて現地の人々で、根気よく訓練指導して演技に慣れてもらい、6年がかりで撮ったという労作だ。演出のあるドキュメンタリーとでもいおうか。
南米ボリビアのアンデス高地。そこには青い大空の下、視界の限り広がる真っ白な塩の湖があり、そのほとりには昔ながらのやり方で塩で生計を立てる先住民ケチュアの人々が住んでいる。氷のように堆積した厚い塩の層をのこぎりで切り出す手作業は、先祖代々変わらない。ここにも確かな人間の暮らしと家族の絆が息づく。
広大なウユニ塩湖のほとりに住む一家の長男、13歳のコンドリーが主人公。学校に通い、仲間とサッカーをして遊ぶ元気な少年だが、家に帰れば父親を手伝って湖で塩を切り出す重要な働き手でもある。家畜リャマの面倒もしっかり見る。両親の言いつけには驚くほど素直に従うのも、固い家族の結束と深い愛情に守られているからだろうか。大好きなおばあちゃんが倒れると、必死で父親を呼びに塩の湖をどこまでも走る。祖母の死、仲良しの友の引っ越し…穏やかな生活にも、深い悲しみも寂しさもある。
今年、コンドリーは初めて父親についてキャラバンの旅に出た。20頭ばかりのリャマの背に塩の塊を積み、アンデスの山々を越えて遠くの町や村まで3カ月がかりで塩を売りながら歩き続ける。塩は人間はもちろん、そのまま牧場に置いておけば家畜の貴重なミネラル補給になる。去年までの祖父との旅に代わり、息子を伴う父は、「世代交代だ」とうれしそう。
アンデスの家畜リャマ(ウシ目ラクダ科)は、長い首と長いまつ毛に目がパッチリ。おまけに、一頭ずつ両耳に目印の赤・黄・緑の房、首には鈴をつけていて、おしゃれでかわいい。あんまり鳴き声も上げずにおとなしく、チリン・カランと鈴を鳴らしながら群れは進む。夜は、父と子は、焚き火の脇で着ている毛布にくるまって野宿だ。大切なリャマが盗まれないように、迷わないように、無事に役目を果たさせるように。自分も健康や怪我に気をつけ旅を全うすることは、どれほど少年をたくましく成長させることか。旅ではコンドリーの表情が見違えるように引き締まって見える。初めて父に反抗したり、知り合いの家族の不幸を知ったり。まさに、かわいい子には旅をさせ、である。
町はお祭りで、物々交換の市が開かれている。原色の華やかなスカートをひるがえして少女らが踊る。伴奏のケーナ(笛)や大鼓の独特なリズムとちょっと物悲しいメロディー…。
“塩湖を渡る風”をフィルムに収めたい、と監督は言った。それで何を表わすつもりなのか?と、論ずるのは止めよう。ケーナの音楽はいつまでも耳に残る。風に飛ばされたフェルトの帽子を追って、少年が走る。塩湖の上を手前から向こうへずんずんずんずん、後姿が点になるまで。空にはコンドルが飛んでゆく…。
そんな風景が、今、この地上にまだある感動。それで十分だ。
(「女性情報」2009年12月号初出)
[注]写真は、「パチャママの贈りもの」の1場面。(C)Dolphine Productions
公式サイト:http://www.pachamama-movie.com
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