2010.04.11 Sun
弁護士 宮地光子
三井マリ子さんが、豊中市と同市の男女共同参画センター「すてっぷ」を運営する財団法人とよなか男女共同推進財団に対して、非常勤館長職を雇い止めされたこと、そして常勤館長職への採用を拒否されたことの違法性を主張して損害賠償請求をしていた裁判につき、2010年3月30日、大阪高裁の塩月秀平裁判長は、三井さん敗訴の一審判決を取消し、人格権の侵害を認め、豊中市と財団に対して、慰謝料として金150万円を支払うように命じた。1、2000年代初めから、男女共同参画センターは、ジェンダー平等に反対する勢力の激しい攻撃にさらされてきた。この豊中市の「すてっぷ」も例外ではなかった。
判決は、バックラッシュという言葉こそ使っていないが、豊中市の「すてっぷ」が、男女共同参画の推進政策に反対する一部勢力(団体や議員)の攻撃にさらされてきたこと、そして、それらの攻撃が、男女共同参画の政策に対する中傷や、故意に誤解を与える方法によってなされてきたことを認定している。
また判決は、当時、議員であった北川氏が、市議会において『「すてっぷ」や学校図書館の蔵書からジェンダーフリーの本を廃棄せよ』とせまり、さらに同月、同氏が『日本会議』傘下の団体が大阪市内で開催した集会において「すてっぷ」がジェンダーフリーの拠点となっていると述べたことなどを認定したうえで、「ここでは、ジェンダーフリーの用語を、フリーセックスを奨励し、性差をすべてなくして、家族を崩壊させ、社会を混乱に陥れるおそれのある思想と曲解して用いている」として、その不当性を明らかにしている。
さらに判決によれば、土曜日の人気の少ない豊中市庁舎において、午後7時から10時まで、三井さん及び男女共同参画推進課の課長と主幹が、北川議員や「男女共同参画社会を考える豊中市民の会」のメンバーと称する女性3名から「すてっぷは、三井カラーに染まっている」「私たちは三井さんを館長にしている市の責任を問題にしている」など、時折、大声で口を挟み、最後に机を叩くなどして糾弾を受けたことを認定している。
そして判決は、この一部勢力による攻撃によって、2003年3月の市議会に上程が予定されていた男女共同参画推進条例が上程できなかったことから、豊中市や人権文化部長においては、同年9月の市議会では、市の面目をかけてその制定をはからねばならないとの思惑により、この一部勢力をなだめる必要にせまられ、男女共同参画推進の象徴的存在であり、その政策の遂行に顕著な成果を上げていた三井さんを財団から排除するのと引換えに、条例の議決を容認するとの合意を、この一部勢力との間でかわすに至っていたものとの疑いを完全に消し去ることができないと認定している。
2、そして判決は、『豊中市の人権文化部長や財団の事務局長らは、本件推進条例が議決されるや、中断していた財団の組織変更の検討を急ぎ再開し、「すてっぷ」の非常勤館長を廃し、プロパーによる常勤館長を置く(すなわち、三井さんを現館長につき雇止めとし、 新館長にも採用しないで、財団から排除する)という組織変更を行う意思を固めた』としている。
さらに判決は、「人権文化部長、男女共同参画推進課長及び財団事務局長は、新館長の候補者であったAさんに対し、Aさんが、三井さんにおいて新館長に就任する意思があるときは、自らは、その就任を固辞する意思を有していることを了知しながら、三井さんにはそのような意思はないと、Aさんに告げて、同年中にAさんに就任の内諾をさせた上、 理事会の開催までの間に、Aさんを事実上、新館長に就任させようと企図したこと」を認定している。
ところが、判決も認定するとおり、三井さんを館長として留任させようとする市民の動きがみられ、同時に三井さんが新館長への就任の意思を表明するに至ったため、選考試験を実施することとなったが、この選考試験実施を余儀なくされた中での市の思惑を判決は次のとおり認定している。
「しかし、豊中市においては、三井さんが新館長に選考されれば、一部勢力の勢いを止められないこととなって、さらなる攻撃を受けることが必定となるばかりか、他方の候補者であるAさんについては、N市男女共同参画推進センターの事務局長を務めていたところを、人権文化部長らの強い要請により、同市の了解のもとに、同職を辞任させて新館長に就任することを応諾させた経緯からして、同人を新館長にしないことには、同人や同市に対する背信行為となり、いずれにせよ、同部長のみならず、豊中市の市長も政治責任を問われかねないことを懸念し、Aさんの新館長就任実現に向けて動いたものである」
3、そして判決は、「財団の事務局長及び豊中市の人権文化部長が、事務職にある立場あるいは中立的であるべき公務員の立場を超え、三井さんに説明のないままに常勤館長職体制への移行に向けて動き、三井さんの考えとは異なる事実を新館長候補者に伝えて候補者となることを承諾させたのであるが、これらの動きは、三井さんを次期館長職には就かせないとの明確な意図をもってのものであったとしか評価せざるを得ないことにも鑑みると、これらの動きにおける者たちの行為は、現館長の地位にある三井さんの人格を侮辱したものというべきであって、三井さんの人格的利益を侵害するものとして、不法行為を構成するものというへきである。」としている。
判決は、三井さんに対する雇止め及び採用拒否自体の違法性を認めなかったことや、慰謝料が低額であることの問題点を抱えてはいるが、男女共同参画行政の実態とその責任を明らかにした初めての判決であり、行政に対する猛省を迫るものである。しかし豊中市は、何の反省を行うこともなく、すでに上告の手続きをとった。
この判決が明らかにした行政の実態と違法性を、多くの市民が共有することによってこそ、行政の姿勢の真の転換を図ることができるのだと思う。その日が来ることを願わずにはおれない。
以上