エッセイ

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<女たちの韓流・4>「彼女の家」-仕事と家事  山下英愛

2010.05.05 Wed

 ‘家事・育児は女の仕事’という性別役割分業観は、日本と同じく韓国でも根強い。その証拠に、女性の経済活動参加率はOECD加盟国の最下位圏(2008年末で54.7%)にとどまっている。特に非婚女性の場合は80年代以降漸増しているが、既婚女性は50%未満で横ばい状態にある。結婚後の家事労働が女性に重くのしかかっている現実を反映しているといえそうだ。
 
 「彼女の家」(MBC全50回、2001年)は、このような社会で仕事に生きようとする若い女性が、結婚を通して直面する家事労働や嫁役割との葛藤を上手く描き出している。ドラマが放映された年は、ちょうどIMF危機を経て、女性が様々な分野で活躍し始めた頃である。そんな女性たちの活躍相を「女風」(ヨプン)と言い表すようになるのもこの頃だ(ちなみに一昔前は、家庭の外で活動する女性をよく思わず、「チマッパラム」(スカートの風)などと表現したが、これはほぼ死語になりつつある)。

 このドラマは典型的な家族ドラマだ。親子三代が暮らす大家族が登場し、主人公男女の結婚とその後の葛藤を軸にしつつ、貧富の格差や出生の秘密、子連れ女性との結婚など、複数のストーリーが並行する。「母さんに角が生えた」の金秀賢作家と比肩する金貞秀(キム・ジョンス1949~)作家の脚本とあって、42%という高視聴率を記録した。

 主人公のキム・ヨンウクは、会社を経営する父親と専業主婦の母親のもとで裕福に育ち、大学を卒業してリフォーム会社に勤めている。将来は、独立して自分の会社をもつのが夢で、母親のように専業主婦になるつもりは毛頭ない。だから、大学の先輩を介して知り合ったチャン・テジュとは、愛してはいるけれども結婚する気はなく、彼の出張先のアパートで週末だけ逢瀬を重ねる生活に満足している。

 一方のチャン・テジュは、父親が修理屋を営む貧しい家の長男だ。大卒で大手の建設会社に勤めていて、チャン家の期待の星でもある。親は息子がそろそろ結婚して身を固めてほしいと願っている。テジュも親が望むように結婚して、親孝行するのが道理だと思っている。ヨンウクのことは好きだが、仕事を生き甲斐にしてバリバリ働き、専業主婦にはなりたくないという彼女に、結婚しようとは言えない。ましてや貧しい家の長男の嫁になってくれるはずもないし、それを強いたくもない。それに、彼女の親に結婚を反対されてプライドが傷つくのもいやだ。

 それで、テジュは親のすすめで見合いをする。ヨンウクはそのことを知って内心ショックを受けるが、互いに結婚しようとは言い出せずに、それまでの関係を清算することにした。ところがその矢先、二人の関係が両家の親たちに知られてしまい、大騒ぎになる。「あんな家の息子と付き合うなんて」と娘をなじるヨンウクの母と、「相手が金持ちだからとひるまずに、責任をとってヨンウクと結婚しなさい」と、息子のプライドを奮い立たせようとするテジュの母親。周囲の人々にとっては貧富の格差が最大の障害であるかのようだ。だが、二人の結婚観や性別役割分業観の隔たりもそれに劣らず大きく、この二つの要素が微妙にからむ。

 テジュにとって結婚とは、好きな人と一緒になるということよりも、長男としての責任を果たすことのようだ。妻には当然長男の嫁としての役割を果たしてもらいたいと思っているし、そのことへの疑問もない。だから、‘嫁’になる気のないヨンウクのことはあきらめて、親が勧める見合いをし、家族に尽くしてくれる女性と結婚しようと思っている。つまり、ヨンウクとの関係(恋愛)と結婚を割り切って考えている。

 一方、ヨンウクは、頭では嫁としての役目は果たせないと思いつつも、好きな人と一緒にいたいという恋愛結婚願望がある。テジュのように恋愛と結婚をあっさり割り切ることができない。いよいよテジュが見合いの相手と結婚するつもりだと知ったヨンウクは、愛するテジュを手放したくないという思いにかられる。だが、彼と結婚することで自分が背負うリスクを思うと混乱し、ついに体を壊してしまう。

 「愛し合っているなら結婚し、その後のことは二人で乗り越えよ」というヨンウクの父親の後押しで、結局二人は結婚するが、最初から困難の連続だ。ヨンウクは嫁としての役割を最小限にとどめ、従来通り仕事中心の生活を続けようとする。そのために舅姑を説得して婚家に入らず、実家の経済力で借りたアパートで新婚生活をスタートさせた。

 ところが、姑や小姑は、新居を自由に出入りし、二人の生活にことごとく干渉する。ヨンウクが朝食用のご飯をまとめて冷凍していることを知った姑は、「息子に朝から冷飯を食べさせるとは何事か」と怒り、早朝からご飯を炊いてもってくる。ヨンウクが家事労働を減らそうと家政婦を雇うと、姑が勝手に解雇してしまう、という具合だ。

 ヨンウクもそんな干渉にひたすら耐えるような旧式の嫁ではない。新世代の女性らしく、言いたいことがあれば面と向かって言う。姑に、アパートの合鍵を返してくれと主張するあたりは、思わず「そうでなくっちゃ」と応援したくなった。他方、テジュにはヨンウクと家事を分担しようという観念がまったくない。疲れて帰宅したヨンウクに「メシ!」と要求する。せっかく作ったチゲ(鍋もの)も「まずい」と文句を言う。そう言われたヨンウクが腹を立ててチゲの中身を捨てるとテジュが怒鳴り、二人の間に喧嘩が始まる。

 そんな中、舅と姑は、忙しい二人の食事の面倒をみるからと問答無用で同居を命じ、婚家暮らしが始まる。婚家で暮らすようになると、ヨンウクとテジュの間は一層溝が深まる。彼女が妊娠中も働き、流産してしまったことで、その溝は決定的となる。ヨンウクは、自分の気持ちを慮ろうとしない冷たいテジュの態度に愛想をつかして家を出る。そして、ついに離婚に至ってしまう。

 これでドラマが終われば、働く既婚女性に家事労働や嫁役割を押し付け、そのことの問題性に気づかない夫とは別れるしかないというメッセージになる。だが、最後は丸くおさめる金貞秀の作風によって話は一転する。二人は一年後に再会し、「抱きたいと思う女はお前だけ」とテジュが言ってよりを戻す。「また同じ過ちを繰り返したらどうする?」と問うヨンウクに、「そんなことはない」と応じるテジュ。

 果たして本当に大丈夫なの?と、ドラマを観終わっても心配になった。もし私が脚本家なら、「君の大変さがよくわかった。これからは僕も家事を一緒にやるよ」と、テジュに言わせたいところだ。

(写真はいずれもMBCホームページより)

カテゴリー:女たちの韓流

タグ:ドラマ / 韓流 / 山下英愛

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