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<女たちの韓流・6>「憎くてももう一度」―‘運命’を決めるのは誰か? 山下英愛

2010.07.05 Mon

「憎くてももう一度」(全24回、KBS、2009年)は、放映前からずいぶん話題を呼んだドラマである。1968年に韓国で大ヒットした同名映画のリメイク作だったのに加えて、これまで、せいぜいメロドラマの脇役か、時代劇にしか出る幕のなかった40代の男女が主人公を演じたことで注目された。‘不倫’として扱われがちな「中年の愛」を真摯に描くことに成功し、放映後の評判も良かった。

 出生の秘密や財閥家と庶民間の恋愛、初恋、交通事故、内縁関係など、多くの要素が詰め込まれているのが韓国ドラマの特徴の一つだが、このドラマでは少々盛り沢山すぎる感がある。それでも三流の作品という酷評も受けず、それなりの評価を保てたのは、もっぱら主役たちの演技力に負うところが大きい。特にミョンジングループの会長であるハン・ミョンインを演じたチェ・ミョンギル(崔明吉:1962~)と、その夫で副会長のイ・ジョンフンを演じたパク・サンウォン(朴相元:1959~)の演技がなかなかいい。 ミョンインにはカリスマ的威厳が漂う。例えば、会長の決裁をもらいに来た年長の部下が、書類に目を通す彼女の姿を見て、つい「お美しい…」と口にする場面がある。そこでミョンインが見せるリアクションは、まるで怒った虎のように凄みがある。これを見て、私はすっかりチェ・ミョンギルのファンになってしまった。そのカリスマ的な姿に魅せられて、一時は、髪型だけでも真似ようとしたくらいだ。聞くところによれば、韓国でも、「ハン・ミョンインスタイル」と言って、流行ったそうだ。

 ジョンフン役を演じたパク・サンウォンは、「砂時計」(1995)、「初恋」(1996)、「それでも愛してる」(2001)など、数々のヒット作に出演し、一度も悪役をしたことがないことで知られる。私の見るところ、決して‘美男’型ではないが、その朴訥な顔立ちに親しみを感じる。演技力の方も、中年になって一層磨きがかかったようだ。ドラマの中で、いきなり会社を訪ねてきた年頃の娘スジン(内縁女ヘジョンとの間に生まれた娘)に呼び止められ、スジンを彼の愛人かと勘違いする部下たちをよそに、ジョンフンが見せた表情には、絶妙な味があった。

 このドラマのストーリーは、ミョンインとユソク(ソヌ・ジェドク[鮮宇材悳]1962~)、ジョンフンとヘジョン(チョン・インファ[銭忍和]1965~)の若かりし頃を起点としている。

 ミョンジングループの創立者だった父親は、一人娘のミョンインを自分の後継者にするため、ミョンインと相思相愛の仲だった貧乏画家ユソクとの仲を引き裂く。交通事故でケガを負ったユソクを死んだことにして、その時すでに身重だったミョンインを、有能な部下のジョンフンと結婚させた。父亡き後、会長を継いだミョンインは、ユソクの死を受け入れられないまま、昼は仕事人間として、夜は酒と睡眠薬に頼る生活を続ける。夫のジョンフンとは、仕事上のパートナーであると割り切り、結婚当初から寝室を別にして暮らしてきた。彼女の関心は、ジョンフンが実父でないことを知ってぐれてしまった一人息子のミンスを立ち直らせ、自分の後継者に育てることだ。

 一方、ジョンフンにも結婚前から愛し合っていたヘジョンという女性がいた。だが、エリートコースを歩み始めたジョンフンに多大な期待をよせる母親のソン(キム・ヨンリム[金容琳]1940~)が、同郷の貧しい駆け出し女優にすぎないヘジョンを快く思っていなかった。やがて、ジョンフンにミョンインとの結婚話が持ち上がると、息子が出世する絶好のチャンスを逃すまいと、ヘジョンが産み落とした赤子(後のチェ・ユニ)を死産だったと騙して他所にやってしまう。しかし、ヘジョンと別れ、ミョンインと結婚したジョンフンにとっても、それは決して幸せな生活ではなかった。心を開かぬミョンインとの結婚生活に疲れ、三年後、再びヘジョンとよりを戻すことになる。こうして二人は密かに二重生活を送り、スジンまでもうける。だが、ジョンフンは、長い年月を経て、ミョンインがようやく自分を私生活上のパートナーとして受け入れようと努力するのが嬉しく、ヘジョンとの関係を清算しようと決心する。

 片や女優として成功したヘジョンは、人前で自分をお母さんと呼べず、ジョンフンの娘とも名乗れないスジンが不憫に思えてならない。挙句の果てに、スジンがミョンインから夫の愛人と勘違いされていることを知ってショックを受ける。それに、ジョンフンがミョンインとやり直すために自分のもとを去ろうとすればするほど、彼に対する執着が強まる。ヘジョンは何が何でもジョンフンを自分のもとに取り戻し、親子三人で暮らしたいという思いにとらわれ、ジョンフンとミョンインを引き離そうと画策し始める。
 ミョンインは息子をまともな人間にするために、野心家のアナウンサーであるチェ・ユニに目をつけ、息子と結婚させようとする。ところが、後にこのユニが、死産したとされていたヘジョンとジョンフンの娘だったことが明らかになる。また最初は、とてつもない野望を抱いてミョンインと契約し、息子のミンスに接近したユニが、次第にミンスを愛するようになり、自責の念から別れようとする……。ドラマの展開もここまで来ると頭の中が混乱して、まるでピビンバのようになってくる。でも、「何でこうなるの?」などと問うことなかれ。そこはドラマのなせるわざ。

 問題は、先代の会長や、ジョンフンの母親といった人たちが、子どもの気持ちを考慮せず、親の欲望を優先させたことにある。そして、その同じ過ちをミョンインが再び繰り返そうとしていることだ。

 ヘジョンはジョンフンを取り戻そうとしてパンドラの箱を開けてしまう。ヘジョンは、先代の会長との約束を守って、身を潜めて暮らすミョンインの元恋人、ユソクを探し出し、ミョンインの前に現れるように仕向ける。ユソクのアトリエを昔のまま保存し、彼との思い出を支えに生きてきたミョンインは、生きているユソクの出現にショックを受ける。そこで彼女は、何もかも捨ててユソクと共に生きて行こうと決心するのだが、再度の交通事故でユソクが本当に帰らぬ人となるや、ミョンインは再び打ちのめされる。また、ヘジョンがユニの出自を突き止めたために、ユニもその事実を知ってしまい、愛し合うユニとミンスに精神的苦痛を与えてしまう。

 このドラマでは、庶民からは夢の世界である財閥家、マスメディア、映画界などを舞台にストーリーが展開する。そして、会社の跡継ぎ、息子の出世、子どもを真人間にすることなど、親なら誰でも持つような欲望を実現するために、子どもたちの結婚が利用される。それを‘わが運命’として受け入れてきた人たちが、様々な困難に翻弄され、傷つきながら、それまでの過ちを悟り、克服して行く物語である。後半の展開は、人間味豊かなジョンフンを中心に、それぞれが自分の運命を他者の手から取り戻す過程が描かれている。しかし、貧乏画家のユソクだけは、交通事故で二度も殺され、運命を取り戻す機会すら与えられない。何とも不公平な役回りである。

 最後に、気になった日本語字幕についてひとこと指摘したい。例えば、ジョンフンが記者の質問に対して「ずいぶん家父長的な質問をされるのですね」と答える場面があるが、字幕では「突っ込んだ質問だな」となっている。また、「成功した妻の陰には開かれた考えをもつ夫の支援が必須なのですね」という記者のセリフも、「成功の裏には寛大なご主人がいらっしゃる」となっている。意訳としては立派なものだが、日本文化のジェンダー意識が見事に反映されている。もう少し、ジェンダーフリーな字幕を期待したい。

写真出典:http://www.independent.co.kr
http://www.kbs.co.kr/drama/mida/

カテゴリー:女たちの韓流 / 新作映画評・エッセイ

タグ:ドラマ / 韓流 / 山下英愛

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