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映画評 『ルドandクルシ』   上野千鶴子

2010.07.18 Sun

ややこしいメキシコ社会を寓話的に描く、傑作サッカー・エンタメ。

監督・脚本:カルロス・キュアロン
俳優:ガエル・ガルシア・ベルナル、ディエゴ・ルナ、ギレルモ・フランチェラ、ドロレス・ヘレディア、アドリアナ・パズ、ジェシカ・マス
配給:東北新社

サッカーはもとはと言えば、貧乏人のゲームである。原っぱとボールがひとつ、それにゴールに見立てた棒切れが4本あれば、どこでもだれにでもただちにできる。野球のようにグローブやバットなどの道具がいらないし、アメリカンフットボールのようにものものしい装具もいらない。だからこそ、南米やアフリカのような貧しい国で国民的スポーツになった。

 舞台はマッチョの国、メキシコ。自惚れやで甘ったれ、一攫千金をねらいながら、ばくちと女が好きでいい加減。バナナ農園で働くサッカー好きのふたりの兄弟のもとへ、首都のメキシコ・シティから、スカウトがやってくる。まだ磨かれる前の原石を探しに。スカウトは弟の方に目をつける。
 
自惚れやの弟はその名のとおりクルシ(スペイン語で自惚れや)という愛称でプロ・デビュー。瞬くうちに才覚をあらわして家と女とクルマを手に入れる。ねたんだ兄も弟の口利きでプロ・デビュー。こちらは鉄壁のゴール・キーパーとしてルド(タフ)の異名をとる。兄の弱みはばくち、弟の弱みは女。兄が絶好調の時に、弟は絶不調。そしていよいよ弟の選手生命と兄の借金返済がかかった兄弟間の宿命のPK対決が・・・。 メキシコのような階級社会では、貧乏人が世に出るための手段は、芸能人かスポーツ選手ぐらい。クルシはもともと歌手志望。スター選手になった彼は歌手デビューも果たす。「俺を欲しいと言ってくれ」というクルシの歌う曲は、「セレブ」というものが何かをシンボリックに示す。マッチョはマザコンでもある。兄弟は、故郷の母親のためにどちらが先に家を建ててやるかでも、競いあう。兄弟間のライバル関係を、メキシコ屈指の二枚目俳優ガエルとディエゴのふたりが演じ、アルフォンソとカルロスのキュアロン兄弟が製作と監督をする。

 戦いすんで日が暮れて、結局すべてを失ったふたりは・・・という手に汗握る展開は脚本の緻密さによる。サッカー界のウラオモテをネタに、メキシコの家族、階級、カネ、女、クスリ、賭博などが、テンポよく描かれる。コメディタッチだが、リアル。あの複雑でややこしい社会を、複雑でややこしいままに寓話的に描きだした。脚本と監督の手柄だと思う。苦いお話なのに最後まで明るいのは、アスタ・マニャーナ(明日になったらなんとかなるさ)の風土のおかげだろう。人生はサッカーに似ている。時々挿入されるサッカー解説は人生の箴言に聞こえる。サッカーファンとメキシコファンには、こたえられない上質のエンタメだ。

映画公式サイト → http://www.rudo-movie.com/

クロワッサンPremium 2010年4月号初出

カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:映画 / 上野千鶴子