エッセイ

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「世界女性会議・北京から15年」に参加して 内田信子

2010.08.21 Sat

原ひろ子さんのお話を聞いていて15年前を懐かしく思い出していました。
北京会議が開催された95年のその2年前。
私の住む尼崎市では、議会の不祥事から議会解散運動がおこり、議会解散、解散選挙、そして55議席中10議席を女性が獲得できた年でした。(実は、私もそのうちの一人でした。)

その後、女性議員と尼崎で活動する女性グループとで北京会議NGOフォーラム参加の準備を進めるなかで起こったのが「阪神大震災」。
そんな中でも北京行きを決断したのは、都市部を襲った大地震の怖さ、男は職場へ出かけたまま帰って来ず、家族のために奔走する女性の姿、男性も一緒の避難所での暮らし、そこで起きたことなどをできる限り伝えてこよう!との思いからです。

おもいきって参加したことで、世界の女性たちの状況、男女平等社会にむけての様々な課題に触れ、たくさんのエネルギーをもらって帰ることになりました。その後の15年間には、そのエネルギーがいろんなところで活かされてきました。
たとえばメンバーだった一人は市長として尼崎市政に携わっています。
また、その時のメンバーが中心となって男女共同参画の活動をするNPO法人を立ち上げ、尼崎市女性センターの指定管理者としての活動をおこなっています。(私もその内の一人です。)

では15年たったいま…。
原さんのお話をお聞きして、国連での様々な努力や法整備など、久しぶりに「眼は世界に」という思いがしました。

ただ、竹信さんのお話にあったように、女性センターでの仕事から見えてくる女性たちの状況は一層厳しくなってきているように私も感じているところです。
DV被害で相談に訪れる女性、子育て中の孤立感から居場所を求めて訪れる女性、経済的に困難な状況にあるシングルマザー、再就職が困難な女性たち…。

竹信さんが言われた、いま必要なことは「構造的な問題」ととらえることと、それに対して私たちのすべきことの「目標設定の絞り直し」と「勝ち癖をつけること」というのがとてもストンと胸に落ちました。
あらためて、このしんどい状況の中で、団塊の世代の私にできる役割をもう一度考えてみようとおもっています。原さん、竹信さん、そして主催者のみなさま、ありがとうございました。

カテゴリー:ちょっとしたニュース

タグ:女性政策 / 世界女性会議 / 内田信子