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"思い出の一本" 映画評『脳内ニューヨーク』  是蘭

2010.10.05 Tue

昨年11月、渋谷のシネマライズで、空に浮かぶ人のよさそうなおじさんの頭の上にニューヨークの街が王冠のようにのっかっているポスターを見ててっ きりコメディだと思った私。冒頭からさえない風貌の劇作家の主人公ケイデン(アカデミー賞主演男優賞受賞の名優フィリップ・シーモア・ホフマン)が襲いく る病気に苦しんだり、奥さんが娘を連れて出奔したりの暗いエピソードに辟易しつつ、これがいつ逆転して「脳内」だろうがなんだろうがおもしろおかしくなる のか、と期待しながら見ていた。
ところがおもしろくなるどころか話はそれからもどんどん悲惨になり、生老病死の奔流で七転八倒の主人公は、たまたま受賞した権威ある賞による大金を元手に 巨大セットと大量の役者を使って自分自身の人生を再構成しようとするが・・・。

監督のチャーリー・カウフマンは、「マルコヴィチの穴」「エターナル・サンシャイン」などの著名な脚本家。
脚本も演技も実に非の打ちどころのないほど素晴らしい。一方、何の救いもカタルシスもない。
一緒に見た知人が、予定調和、ハッピーエンドの「ハリウッド映画の真逆」と言っていた。

さて、突然ながら仏教では、人生におけるすべての経験や現象を苦である、つまり「一切皆苦」と説く(ここでいう苦とは苦しいというより「満たされな い」というニュアンス)。しかしその原因である欲や無知の構造を正しく理解して苦の超越を目指すことの重要性、それが可能であることをも、こんこんと説い ている。
この映画は、前半の真理を見事に描ききっているが、後半についてはゼロ。
普遍的真実の方っぽしか描いてない、だから自分的には世界の映画賞、8部門受賞し23部門ノミネート、と聞いたって、全然感心しない。だって半分だもの。

いずれにせよ、こういう映画を創れるのは精神的にすごいマッチョな方々であることは間違いない。
繊細と言えば聞こえはいいが、くまのプーさんのピグレットに毛が生えた程度に精神力にへなちょこの気味のある自分としては、「見るだけでもたいへん映 画」、これまでの人生におけるナンバー1を授賞する。

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是蘭 Zelan/コラージュ技法を中心とする美術制作者。大手電気機器製造会社勤務後、現在は美術制作専従。銅版画、オブジェ、コラージュの第一 人者、 美術家の北川健次氏に師事。富山県生まれ 東京都在住。Blog「原初のキス」: http://zelan.exblog.jp/ Twitter: zelan1








カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:くらし・生活 / 是蘭 / アメリカ映画