2010.11.18 Thu
貧困、環境、ジェンダー、エイズといった世界が抱える諸問題に取り組む短編映画集『8-Eight-』が、11月13日より渋谷アップリンクXにて公開中だ。MDGs(ミレニアム開発目標)を掲げた映画というと難しそうで敬遠されがちだが、映画的に見ごたえある作品が並ぶ。また、議論の俎上にのせるにふさわしい、論争的な(controversial)作品もある。
日本での上映窓口、特定非営利活動法人 オックスファム・ジャパン広報担当古賀智子さんによれば、「将来的にはYouTubeにアップされる予定」であるとのこと。そうなれば、自治体、大学、社会活動団体など、公共の場で一部上映し、議論活性化に役立てることができるだろう。映画と社会貢献が結びつく貴重な例として、興味深い。
『How can it be?』 監督/ミラ・ナイール
その第一として、特に、本欄で紹介したいのは、アメリカで活躍するインド出身の女性監督ミラ・ナイールの作品だ。彼女が取り組んだのは、「ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上」というテーマ。ある意味、退屈な、映画として取り上げるには難しいテーマだが、彼女はどう取り組んだのか?
ここでナイール監督がとっているアイロニー交じりのアプローチは議論に値する。フェミニズムは、果たして、家族を幸せにできるのか? といった、私たちが直面しているかにみえる、矛盾がらみのテーマを浮かび上がらせる内容だ。
題名も示唆深い。『How can it be?』(「一体なぜ?」)。登場するのは、ブルックリンに住むインド系の家族。主人公の名はザイナブ。現代ブルックリン版インド系アメリカ人「ノラ」である。冒頭、彼女は、夫アリフに虐待されているように見える。彼女は、家を出て行く決意をする(ふむふむ、ノラね・・・と見ていてわかる出だし)。幼い息子は部屋で絵を描いている(この絵は、解読に値する)。夫の口ぶりから、彼女には、愛人がいることがわかる。その愛人には妻もいるらしい(なんかヘンな展開と、この辺で、うすぼんやり気づく)。修羅場があるかと思いきや、なんということもないままに、彼女はあっさり出て行く支度をする。息子と夫が、所在なげに、それを見送る・・・その姿がなんともいたいたしい(コミカルですらある)。タクシーに乗り込んだ彼女の顔には、笑みが浮かぶ(女性誌のモデルのように、美しく、薄っぺらな笑みに、反感の炎にぼっと火がつく・・・ああ女の敵は女だワ)。きわめつけは、最後にヴォイスオーヴァーで流れる、彼女が息子に残したテープ(CDだったか?)。白々しい、勝手な自己陶酔的語りに、聞いてるこちらが思わず鼻じらむ・・・
偏見まじりの書き方をあえてしてみたが、こういう展開の短編です。皆さんは、どう感じるでしょう?議論したいと思いませんか?
私は、この展開に、「ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上」という問題に対する作家のアイロニーを強く感じました。ともすれば平板になるこの種のテーマに取り組むにあたって、彼女は、旧植民地インドに根深い(とおぼしき)、旧宗主国イギリスの文化的伝統としてのアイロニーの力を借りたのでしょうか。アイロニーはユーモアの一種です。
『ウォーター・ダイアリー』 監督/ジェーン・カンピオン
このほか、ぜひ推奨したいのは、「環境の持続可能性の確保」というテーマに取り組んだジェーン・カンピオンの叙情的小品。オーストラリアの干ばつをテーマに、少女たちの夢と淡い期待をリリカルに描く。涙のしずくを落とした一杯の水を手に、丘の上に集まった彼女たちの表情が切ない。フェリシテという名の町一番の美少女が、貯水タンクの上で、ヴィオラを演奏すれば恵みの雨が降るという、町の誰かが見た夢は、はたして、ほんとうになるのだろうか・・・
もう一本、予想外の素晴らしさに驚かされたのは、ヤン・クーネンという監督の、民俗映像詩のような作品『バンシン・ブカのお話』。「妊産婦の健康の改善」をテーマに、アマゾンのウカヤリ川流域に住む女性パンシン・ブカが主人公。出演者名も同じであるところをみると、あえて現地の素人を採用したものとみえる。ドキュフィクションの手法だ。アマゾンに住む女性たちの声で、彼女たち自身の抱える問題が、物語として語られ、歌とともに披露される。一組の若夫婦の悲劇が、やがて、神話的な様相を帯びて、見るものに訴えかける。それはほかならぬこの彼女たちの歌声の力によるものだ。森に囲まれた水の上を、苦しむ妊婦をのせて進む小舟のシーンが幻想的だ。医師不足という現実のテーマをかくも詩的に届けることができるのだ。さまざまな可能性を感じさせる監督の出現に心から驚かされた。
『パンシン・ブカのお話』 監督/ヤン・クーネン
ギャスパー・ノエによる『エイズ(SIDA)』も手法が実験的で注目に値する。「HIV/ エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延防止」という、先進国フランスに住む監督自身にとっては、当事者感覚をもてない問題に取り組むにあたり、彼は、アフリカのフランス語圏、ブルキナファソに実在したHIV感染者の男性に徹底的にスポットをあてた。聞こえてくるのは、エイズに感染した彼自身の声である。それ以外のコメンタリーはない。体験者に自分の体験を語らせるドキュメンタリーの手法だが、徹底している。当事者の声のほか、聞こえてくるのは、彼の心臓の鼓動らしい音のみ。そして正面からカメラを見つめて話す感染者の姿。映画が資本主義の産物であることを自覚している監督の良心が、うかがい知れる作品だ。
同じ良心的な立場に立つのはアメリカのガス・ヴァン・サント監督による「乳幼児死亡率の削減」を扱った作品。『丘の上のマンション』という題名は、推察するに、アメリカの高級住宅地といったニュアンスか。「丘の上の~」とくるとアメリカの理想郷というイメージがあるが。ともあれ、映し出されるのは、スケートボードに乗ったアメリカの少年たちの延々続く、疾走ぶり。ガス・ヴァン・サント特有の、流麗なカメラワークが、家の脇を、道路を、あらゆる場所を、無意味ともいえる無頓着さでひたすら進むスケボー少年たちの姿を追う。無機質な映像に、貧困国の子供の死亡率に関するデータを読み上げるナレーションがかぶさり、やがて、不気味な対比が、私たちの前に姿を現すだろう。
『人から人へ』 監督/ヴィム・ヴェンダース
最後をしめくくるのは、ヴィム・ヴェンダースの『人から人へ』。「開発のためのグローバル・パートナーシップの推進」をテーマに、真実を伝えようとしない、西側メディアの傲慢が軽快にあぶりだされる。巨匠の腕がさえるところだ。
上映に関する問合せ先:
特定非営利活動法人 オックスファム・ジャパン
〒110-0015 東京都台東区東上野1-20-6 丸幸ビル2F
Tel: 03-3834-1556, Fax: 03-3834-1025
Email: oxfaminfo@oxfam.jp
URL: www.oxfam.jp
カテゴリー:新作映画評・エッセイ / 映画を語る
タグ:女性運動 / 仕事・雇用 / 貧困・福祉 / DV・性暴力・ハラスメント / 非婚・結婚・離婚 / くらし・生活 / 身体・健康 / 女性政策 / 子育て・教育 / 映画 / 川口恵子 / 女性監督
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