2010.12.05 Sun
今回は、ドラマ「裸足の青春」(1998.2.2~全16回KBS2、脚本:イ・ギュチャン)を取り上げる。このドラマは、長らく軍事政権に弾圧されてきた政治家の金大中(キム・デジュン1924~2009)が、ついに大統領選挙に勝利して新政権が発足する頃に放映されたものである。政権交代のきっかけにもなった金融危機の津波が韓国社会を襲っていた時期でもある。放送局各社も、ドラマの量産が視聴率競争を煽ってきたという認識のもとに、それまでの拙速な制作慣行を改めること、視聴率競争を控えることなどを宣言した。また、視聴者たちもメディアへの監視を一段と強めるようになった時期である。
主人公ヨソクを演じたのは、「初恋」(1996~7)の弟(チャヌ)役でたちまちスターの座についた裵勇俊(ペ・ヨンジュン1972~)だ。同じく相手役のヘジュンを演じたのは、「母さんの海」(脚本:金貞秀、1993)で、次女の個性的な大学生のキョンソを演じて一躍注目されるようになった高素栄(コ・ソヨン1972~)である。ちなみに彼女は、今年5月にトップスターの張東健(チャン・ドンゴン1972~)と結婚して話題になった。また、ヘジュンの父親(キ・ソンジェ)役を朴根瀅(パク・クニョン1940~)、ヨソクの父親(チャン・ヨンシク)役を金茂生(キム・ムセン1943~2005)という大ベテランがそれぞれ演じ、その上、若手の俳優として人気上昇中だった李鐘元(イ・ジョンウォン1969~)や、ピョン・ミン(1964~)などが登場する豪華キャストである。
ドラマのストーリーは、一言でいえば、暴力団の後継者問題を扱ったものである。暴力団「新世紀派」の会長チャン・ミョンシクには息子が一人いるが、後継者にできるほどの器ではない。どうするかと悩んでいた矢先に、かつて愛した女(ハン・スニム)の息子ハン・ヨソクが自分の“血筋”であることを知る。地方の町で母親に育てられたヨソクは、警察大学に合格するほどの秀才でケンカも強い。チャン・ミョンシクはそんなヨソクが気に入り、さっそくヨソクを認知して戸籍に入れ、自分の後継ぎにしようとする。
一方、ヨソクにとっては、ようやく父親を探すことはできたものの、祖父の代から暴力団を率いてきた家門であることを知って当惑する。将来は警察幹部になることを夢見る正義感あふれる青年ヨソクにとって、いくら実父の頼みとはいえ、暴力団組織の後継ぎを引き受けるわけにはいかない。その上、ソウルで偶然出会い恋仲になったヘジュンの父親が暴力団「新世紀派」の撲滅を使命とする検事であり、また、亡き母が愛した男でもあった。暴力団組織がいよいよ危機に瀕し、会長は再度ヨソクに後継者になることを頼むが、ヨソクはきっぱり断る。だが、「戸籍を抜いて、縁を切ったほうがお前のためだ」という祖父の言葉には従わず、あくまで“血筋”としての道理を尽くそうとし、警察大学を自主退学することを選ぶのである。
父親が当局に追われて逃亡中に祖父が死ぬと、ヨソクは喪主の代わりを務め、逃亡中の父親が祖父の葬儀に出られるように当局側と交渉する。その後、父親は逮捕され、「新世紀派」の解体を宣言するのだが、会長を失った暴力団組織は内部分裂を深め、以前は手をつけなかった麻薬と人身売買にまで手を染めるようになっていく。これを知ったヨソクは、次々と組織のアジトに殴りこみをかけ、二重帳簿などの内部資料を押収して当局に差し出し、組織の撲滅に協力する。その過程でヨソクも刑務所に入って4年間服役するのである。出所後、彼を待ち続けたヘジュンと結ばれて、ハッピーエンドになるという筋書きだ。ヨソクの代で暴力団組織をなくすという設定は、旧時代と決別し、新しい時代の到来を意味するのかもしれない。当時の政権交代への期待を暗に示すものと見るのは、いささか深読みだろうか?
暴力が横行するドラマ
このドラマは当初、30%近い高視聴率を得て出発したが、たちまち多くの批判を浴びることになった。視聴率とドラマの質とは必ずしも一致しない。まず、暴力団の物語である上、残忍なシーンが多いと指摘された。ドラマの三話目が放映された時には放送委員会から「ヤクザの格闘シーンが過剰で暴力的だ」として警告を受けた。また、ソウルYMCA視聴者市民運動本部、韓国女性団体協議会マスコミモニター会などが、次々とモニターの分析結果を発表し、家庭内暴力やレイプ未遂など、暴力シーンの多さを厳しく非難した。このドラマは夜遅い時間帯に放映されたが、暴力シーンを多く含む予告編が、子どもたちのTV視聴時間帯に繰り返し流されたことや、また、再放送が昼間放映されたことなども問題として指摘された。
さらに金融危機の影響で、庶民たちが経済的な困難に直面しているのに、検事の住む家や暴力団会長の家が、ひときわ豪華に描かれていたり、大学生が自家用車を運転するなど、贅沢過ぎるという批判も受けている。メディアはこのドラマが、「もっぱら視聴率を上げるために」暴力的なアクションシーンを頻繁に流し、「初恋」のチャヌとそっくりのイメージで、ペ・ヨンジュンを登場させていることに対しても厳しく批判した。
「裸足の青春」という題名も、実は1964年に韓国で大ヒットした同名の映画(監督:金基悳1934~)からとってきたものだ。この映画は、朝鮮戦争の後、ヤクザの世界で生きてきた男と、外交官の娘という身分違いのラブストーリーである。当時の最高のスターで、後に夫婦となった嚴鶯蘭(オム・エンラン)と申星一(シン・ソンイル)が主演して、空前のヒット作となった映画である。だが、ドラマの方はヤクザの息子と検事の娘という設定が似ている程度である。大ヒットした映画の題名にあやかって、視聴率を上げようと考えたとしても少しも不思議ではない。後に「初恋」の脚本家チョ・ソヘが、同名のドラマ(2005年)を作ったが、こちらの方は失敗した。
ところで、映画「裸足の青春」は、1963年に日本で放映された映画「泥だらけの純情」のそっくりさんで、剽窃だと言われている。外交官の娘とヤクザとの恋という設定や、二人が最後に心中するという結末も同じである。韓国の映画評などによれば、カメラの角度やセリフ、俳優の衣装までそっくりだったらしい。そんなことから、二つの映画を細かく比較したMBCのドキュメンタリー番組もあるそうだ。60年代前半は日本との国交がなく、一般人は日本の映画を見ることができなかったため、ヒットした日本映画からヒントを得て韓国映画を作ることもあったという。その頃は日本語のできないシナリオ作家はお呼びでなかったというのだから、今日とは隔世の感がある。
“血筋”とジェンダー
さて、このドラマで興味深いのは、セリフの端々に“血筋(핏줄)”という表現が使われていることだ。例えば、会長がヨソクのことを弁護士に紹介する時に「私の血筋だ」と言ったり、検事が、かつての愛人が産んだ子どもの父親を知人に問いただす時、「誰の血筋だ?」と言ったりする。父―息子ラインのこだわりを強く感じる表現になっている。息子はこの“血筋”を拒むことはできず、宿命として引き受けようとする。韓国では、父親から与えられた姓を変えることが出来ないのと同じように、“血筋”意識は韓国の家父長制の重要なポイントであるのは間違いない。だから歴史ドラマでも、現代ドラマでも、血筋はいつもキーワードになる。ただし、字幕ではほとんど「息子」と訳されている。
ペ・ヨンジュンがこのドラマや「冬のソナタ」(2002)で演じた父親探しは、息子だからこそ物語になるのであって、後継ぎとして想定されない娘であればあまり意味がない。そして、“私生児”を自分で育てようとする女性は、子どもを奪われないためにも常に子どもの父親の存在を隠そうとする。韓国ドラマに登場する“未婚の母”たちが、子どもの父親をたいてい死んだことにしているのはそのためであろう。
このドラマで描かれる女性像も、男の“血筋”文化に都合のよい女性がいかなるものかをよく表している。ヨソクを慕う同郷の女性は、ヨソクを追ってソウルに上京するためにミスコンテストに出場する。それがもとでヤクザにつきまとわれ、売春を強要された挙句、麻薬づけになって自殺に追い込まれた。ヨソクの亡き母ハン・スニムは女優出身で、もとはキ検事と愛し合う仲だった。だが、妻子のあるキ検事が結局スニムを捨てたため、飲み屋のママさんによって暴力団の会長に売られる。キ検事と会長との間にはスニムをめぐるライバル意識がある。会長のもう一人の息子も母親を知らず、会長の寝室にはしばしば若い女性が出入りする。キ検事の妻は亡くなっており、回想シーンに登場するだけだ。片や、暴力団から離れた祖父が再婚してもうけた娘は、後に修道院に入る。男の“血筋”社会がこのように女を二分して使い分けるのである。
最後に、このドラマで強く印象に残った俳優は、何といっても暴力団の会長役を演じた金茂生である。貫禄があり、ドスが効いていて、この役柄がよく似合っている。ベッドで上半身をもたげて怒鳴る姿は、まるで百獣の王ライオンの雄叫びのようだ。今回あらためて視聴してみて、顔の輪郭や体格がどことなく、朝鮮民主主義人民共和国の首領だった故金日成(キム・イルソン1912~1994)に似ているとの印象を受けた。そのこともあって、このドラマの中の後継問題と、最近の同国における後継者問題とがダブって見えて仕方がなかった。そして、このほど後継者として姿を現した金正恩(キム・ジョンウン1983~)も、ヨソクのように国家指導者の後継ぎになることを断乎拒んで、別の道を歩むことはできなかったのだろうかと、チラッと考えたりした。
写真出典:http://www.yes24.com/、http://www.cine21.com/、http://www.hani.co.kr/
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