2011.02.17 Thu
セミナー「竹中恵美子に学ぶ」第8回 労働・社会政策・ジェンダー報告
大阪の街を寒風が吹き荒ぶ1月21日夜、竹中恵美子先生のセミナーがドーンセンターで開催されました。この日はセミナー開始1時間前まで研究室でアルバイト、天満橋駅ビルの某レストランで腹ごしらえにオムライスを掻き込み、皸で真っ赤になった両手を擦りつつドーンセンターへ。第8回目のテーマは「同一価値労働・同一賃金原則/コンパラブル・ワース」。今回は企画委員である山田和代先生の研究報告「日本におけるペイ・エクイティの実践」も併せて行われました。
正直に告白いたしますと、不勉強な私はこの時まで「コンパラブル・ワース/Comparable Worth」略して「CW」という言葉を知りませんでした。おかげで配布されたレジュメに目を通しても「何、シーワイって」と能天気に首を捻る始末。嗚呼、情けない。
改めて説明する必要もないと思いますが(お前なんかに説明されんでも分かっとるわいというご意見が聞こえてきそうで・・・嗚呼、石を投げないで下さい)、もしかしたら私と同じような方がいらっしゃるかもしれません(いるのかな)ので、一応説明させていただきます。
CWは「ペイ・エクイティ/Pay Equity」(略してPE)とも言われ、異なる職域でも技能や努力、責任、作業条件などによって評価される労働価値が同一であれば同一の賃金を要求する国際基準です。性別によって職域が分離している場合でも男女間の賃金格差を改善・克服出来る手段として、1970~80年代にアメリカ、カナダ、ヨーロッパでは実施を求める運動が推進されてきました。
「男性稼ぎ手モデル」の世帯賃金が支配的な日本では、個人単位の職務別賃金は「職務評価は恣意的」「世帯主である男性の賃金低下を招く」といった理由で忌避されてきました。しかし非正規労働者の増加や北京世界女性会議、京ガスを始めとする裁判闘争などを受けて90年代にCW運動が本格化します。が、未だ労基法に成文化されず、実現には程遠い道のりです。日本は労働組合の組織や賃金制度、社会保障制度のあり方などが欧米諸国と異なるため、最低賃金制、「リビング・ウェイジ」、児童手当、そのための財源確保などなど、まずはバックグラウンドとなる様々な制度改革が必要とされます。
つまりCW原則の主張は賃金制度の改革を通して日本の雇用・社会保障の構造的改革を目指すものである、という竹中先生のお言葉がとても印象に残りました。性別職務分離だけでなく、正規/非正規の雇用形態や産業間・企業規模の差異に基づくあらゆる格差の是正を目指すという点で、CW原則の実現には様々な期待と可能性が望めるかもしれません。
ところで、レジュメには日本や欧米諸国以外の国の動向に関する記述はありませんでした。そこでふと気になって質問時間に「中国や韓国など東アジア諸国ではどうなっているんですか?」と訊いてみたのですが、「実情は不透明」との回答を頂いて拍子抜け。国際基準とは言うものの、CWは実質的にはやっぱり欧米中心の基準なんだなぁ、と些か微妙な気持ちになりました。
閑話休題。
今回のセミナーで最も胸に突き刺さったのは、山田先生が研究的に職務分析・職務評価を実施された現場の看護師の方が、過剰で過密な職務の見直しを求め、賃上げよりも適正な職務の量と質を求めていた、という話でした。私の女友達が長時間労働による疲労とストレスが原因で身体を壊したからです。去年の春に某企業に就職した彼女は、大卒・正規社員・幹部候補生と三拍子揃ってかなりの高給を約束されていました。同期生が絶句し、先輩たちも羨ましがる程の高給。しかし就職した途端ぱったりと音信不通。メールを送っても返ってこない。身体を壊して入院し、僅か数ヶ月で退職を余儀なくされたことを知らされたのはその年の秋でした。
私にはアルバイトを含めて社会での労働経験が一切ありません。そのため労働にまつわる様々な問題は、頭では認識出来ても実感を伴って理解出来ないものばかりです。けれど、もし彼女が最悪の事態に陥っていたかもしれないと想像すると、恐ろしくて数日間は何も手につきませんでした。そのせいか、セミナーの間ずっと「賃金格差是正」という言葉が切実に響く一方、どこか空虚に思えて仕方なかったのも事実です。CW原則の実現は長時間労働の改善にも結びつくのでしょうか。職務評価が長時間労働を助長する危険性はないと言い切れるのでしょうか。男性社員と同一価値労働・同一賃金の待遇さえ実現すれば、私の女友達は過労による病気や死の脅威に晒されることなく働き続けることが出来るのでしょうか。
彼女は無事退院し、今は再就職を目指しています。CW原則が掲げる「格差是正」の主張が賃金の問題だけに止まらないことを願います。
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