エッセイ

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セミナー竹中恵美子に学ぶ(第9回) 鳥集あすか

2011.03.21 Mon

情けない話ではありますが、私は生まれてこの方「労働」というものをしたことがありません。短期のアルバイトなどは度々経験しましたが、所詮それは短期。しかもアルバイト。長くてふた月足らずで関係の切れてしまうような希薄な社会との接点など、労働とは言いがたいのです。学生という免罪符をキョンシーの如く額に貼り付けてのうのうと生きてきた私にとって、ドーンセンターの予想以上の美しさと設備よりも、会場に集まっている聴講者の方々のほうがずっと興味深くありました。会場では私が一番若輩者だったかと思います。お勤め帰りにいらっしゃっている方が会場の大半を占めていたのではなかったでしょうか。更に今回の講義テーマは「労働におけるジェンダー・アプローチの現段階」と、2000年から2011年を中心に、まさに「今」を生きる私達にとって一番関心のあるテーマでもありました。

21世紀の幕開けと共に、産業構造に変化が生じ「ポスト工業社会」への急速な移行が進みました。そして、経済のグローバリゼーション展開が行われます。これに伴い、新しい雇用形態の出現があり、また社会は少子・高齢社会へと急速な移行を示していきました。

21世紀という時代を見るときに特記すべきことは、3点あります。すなわち、20世紀までに考えられていた4つの前提が崩壊してしまったこと、新たに21世紀社会での前提が生じたこと、そして国内外でフェミニスト経済学会が誕生した、ということです。

20世紀の4つの前提とは、以下のものを示します。①第二次世界大戦以後先進国の取った国家体制であるケインズ主義的福祉国家(市場の機能を円滑にし、継続的な経済発展としての成長を実現するためには政府が金融財政政策を通じて有効需要を喚起すること。これが生産拡大へとつながっていき、労働力需要もふえて、それが完全雇用につながるという考えを示すのだが、この場合の完全雇用は稼ぎ主である男性にのみ与えられた権利であり、性別分業家族を前提としたものであった。)②家事労働やボランタリー労働は労働として見なされなかった。③経済成長にとって自然は無限と考えられていた。④労働・資本の移動は国家が制御可能なものだと考えられていた。

これらの「前提」は21世紀社会では、以下のように変化することとなります。すなわち、①ジェンダー化された家族(性別分業家族)を前提に出来ない。②21世紀社会政策は、家事・育児・社会活動などの人間の諸活動を正当に評価せねばならない。③生産中心主義から、社会政策・環境政策との調和がはかられなくてはならない。④国民国家に変わって、国際条約・国際機関によるグローバル水準の社会政策の確立が必要となる。

この変化の例を見た時、「20世紀の前提」にとても驚いたのは、私が勉強不足だったからです。「ケインズ主義的福祉国家」は、受験レベルでテストに出る単語だけれど(事実、とても久々に聞きました)、その完全雇用が男性にのみ与えられたものであるなんて、初めて知りました。

さて、この背景を元に、1)5つの新しい労働分析概念の提起、2)労働分野におけるジェンダー・アプローチの推移と到達点、3)労働力の女性化と労働力再生産様式の変容、という3点についてお話いただきました。

1)5つの新しい労働分析概念の提起

こういった背景と共に大きな転換を迎えた21世紀では、新しい労働分析概念も提起されました。まず、①労働概念を広げるということに始まり、②「時間利用調査」にジェンダー視点が導入されました。そして、③再生産労働(UW)の重要性が強調されました。(UWに関しては、レポート⑦で鈴木さんが詳しく書いてくださっています。)④社会的市民権における男女の不平等に注目し、⑤労働力再生産の「グローバル化」(これは、一国内にとどまらず、グローバル化しているんです)の持つ意味を重視するというものです。労働における男女の平等不平等は、現在ニュースでもよく目にするものであるかと思います。何をもって平等とするのかは、一概には言えるものではないため、私の思う以上に難しい問題なのでしょう。

2)労働分析におけるジェンダー・アプローチの推移と到達点

ここでは、1960年代末から1990年代以降までを4つの期に分けて、ジェンダー・アプローチにどういった変化があったかというお話がありました。まず第1期(60年代末~70年代)にかけては私的家父長制分析を中心に、家族の経済分析が行われていました。第2期(70年代末~80年代)になると、公的家父長制分析を中心に、市場そのもののジェンダー分析が行われます。そして、第3期(80年代半ば~90年代)ではジェンダー化した国家分析と福祉国家のジェンダー分析という、国家そのもののジェンダー分析が行われるようになりました。そして、第4期(90年代半ば~)からは、PWとUWが性に偏らないように社会システムの構造調整が行われています。このような流れから、ジェンダー・アプローチは、機会の平等から結果の平等へと国家を超える議論を準備している・・・のですが、ここではこの背景にあるPWとUWとを考える必要があり、それは一国家の問題ではなく地球規模で考えなくてはならない問題の一つです。

3)労働力の女性化と労働力再生産様式の変容

「労働力」の再生産はどうあるべきかという問題に対して、性差別の根源は労働力商品化体制にあるとする竹中先生の主張と、それに対して資本は元来、性に対して中立であり、共働き家族の普遍化により家族賃金が消滅するという二宮厚美氏の反論、そして更にそれらを短絡的議論だとする竹中先生の反論、と、まさに「今」行われている議論について紹介がされました。「労働力商品化体制」に関しては、社会的市民権と、「時間のフェミニスト政治」というジェンダー・アプローチがあり、日本での労働と生活について考えさせられることが多くありました。

今回の講義では、会場にこられている方の多くが自身が体験した時代であったことのはずなのに、質疑応答の時間で「イマイチ、ピンとこない」という意見があったことには驚きました。今まさに自分が渦中にいるはずなのに、どこと無く他人事のように感じてしまう。問題の研究が、どこまでが議論で、どこまでが現実に還元されているのかを考えさせられました。

知ってしまったからには後には戻れない、と申します。「労働」をしたことが無い私ですが、労働の現状と、そしてそれに対する意識や視点、問題に関して知ってしまいました。第10回以降、どのように話を進められるのかが気になって仕方がないです。

カテゴリー:セミナー「竹中恵美子に学ぶ」

タグ:労働 / 鳥集あすか / 竹中恵美子