エッセイ

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セミナー「竹中恵美子に学ぶ」レポート⑨   蜂谷紀代美

2011.04.02 Sat

セミナーも早いもので9回目を迎え、テーマの時期は、いよいよ21世紀に入りました。参加者全員が様々な経験をしながら生きている現代に入り、現状分析と今後の方向性に大きな関心と期待が寄せられる中、竹中先生のいつもの素敵な笑顔でセミナーは始まりました。

竹中先生の研究は2000年以降、第一に、労働のジェンダー研究のそれまでの推移を総括すること、第二に、21世紀社会政策の前提となる個人とはいかなる内容をもつのか、「ケアレス・マン」(ケア不在の成年男性)モデルを超えて、男女が等しく経済的に自立し、かつケアを共有するためにケアの社会化はどうあるべきか、を模索することに向かわれました。それは、「格差社会」の実態をも踏まえて、「ディーセントワーク」に向けてとるべき日本の政策課題とは何かを明らかにすることでありました。

面白いものを見つけたので受講者の皆さんに配りました(上の画像)。

「世界」3月号の木下武男さんの「反貧困の賃金論」の中で紹介されている、全国商社労働組合連合会が組合員に配った「81春闘のために」というパンフレットです。

戦後から85年の均等法成立までは、労使協調的か否かにかかわりなく、多くの労働組合が、労働に応じてではなく、生活給思想に基づいた「世帯賃金」要求として、労働組合は、男女別に、年齢・家族数を基礎にした生計費カーブを設定して、それに応じて賃金要求をしてきました。85年に均等法が成立して、こんな露骨な差別はなくなりましたが、女性が正規で働こうと思えば男性並みの働き方を要求され、家族的責任も母性もかなぐり捨てないと働き続けられなくなってきています。今年秋に結婚する私の姪も、福井県から愛知県まで移り住んで、親にも苦労をかけて大学を出て、正社員として就職して、同じ会社の男性と結婚することになったとたん退職するという。育児休業も介護休業もあるけど、毎日帰るのは11時、これじゃ結婚してももたない。ずいぶん迷って退職することにしたと。今のままの社会であれば、彼女が今後正社員として働くことは極めて困難であろうと思われます。またもや女性は、結婚か仕事かを迫られるようになってしまったのか。「女性も男性も結婚しようがしまいが、子どもがいようがいまいが、介護しなければならない家族がいようがいまいが、差別なく安心して働くことのできる社会をめざしてきたのではないのか」私は組合で何をがんばってきたのかあらためてつきつけられたできごとでした。

振り返ってみますと、90年代にフリーター貧困層が形成され、2000年代に非正規雇用が主要な構成要素となり、若者の貧困が社会に定着してきました。そして、若者の雇用問題は、2008年末の「年越し派遣村」で大きくクローズアップされました。

もちろん、未来を担う若者を貧困に追いやることは大きな社会問題です。しかし、「年越し派遣村」にも、実は多くの女性がいましたし、女性の貧困は男性よりさらに深刻化しています。

もっと、女性の貧困を見えるように可視化しないと、貧困をなくすことはできないと思います。

総務省の「就業構造基本調査」によると、02年から07年にかけて5年間で「正規の職員・従業員」が23万3千人減少し、パートが103万1千人増加、派遣社員が88万7千人増加しています。しかも、男性は正規の職員・従業員が全雇用者の80.0%であるのに対し、女性では44.7%と大きな差があります。35歳未満の非正規労働者の割合で見ても、1987年から20年間で男性は14.0ポイント増加し23.1%に、女性は23.3ポイントも増加し、実に46.5%が非正規です。何ゆえこんなに男女間格差があるのか、正規(多くは男性)はどうして過労死するほどの働き方を強いられているのか、ジェンダーアプローチなしに、ディーセントワークをめざす日本の課題は見えてきません。

終身雇用が崩れ、大量のワーキングプアがつくられていっている中で、「男が働き、妻と子ども二人を養い、郊外に一戸建ての家を持ち、定年後は年金で、蕎麦うちと写真撮影を楽しみながらのんびり暮らす」というモデルは標準ではなくなってしまいました。「男も女も子育てや介護を担いながら尊厳を持って働き、人間らしい豊かな支えあいの暮らし」へと脱皮することなしに、持続性のある社会にはなりません。しかし、日本では、政府は、仕事と家庭の「両立」ではなく「調和」をめざすとして、「103万円の壁」や「130万円の壁」で女性の生き方を誘導し、「夫が働き、妻はパート」で個々の家庭の私好みのワーク・ライフ・バランスでいいとするような現状を変革する政策を打ち出すどころか、せいぜい企業に協力を求めて、がんばった企業や個人でチャレンジしている人を表彰するくらいにとどまっている、労働組合も労働時間の短縮と時間外労働の割増率アップを要求しているにとどまっている、このような日本の現状を打破していく示唆が、オランダをはじめEU諸国の例にあることを強調されて第9回は終了しました。

「社会的市民権のジェンダー不平等」「時間のフェミニスト政治」からのアプローチこそが、脱皮への鍵という方向が示され、私の生き方、行動が問われていることを痛感させられた講義でした。

カテゴリー:セミナー「竹中恵美子に学ぶ」

タグ:貧困 / 竹中恵美子 / 蜂谷紀代美 / ワーキングプア