エッセイ

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<女たちの韓流・15>「彼らが生きる世界」-ドラマを作る人々   山下英愛

2011.04.05 Tue

ドラマ「彼らが生きる世界」(KBS2008、全16話)は、放送局のドラマ制作部を中心に、ドラマづくりにいそしむPD(プロデューサー兼演出者)、放送作家、俳優、現場スタッフたちの姿をリアルに描き出した作品である。脚本は「愛の群像」(MBC1999)、「花よりも美しい」(KBS2004)などでお馴染みのノ・ヒギョン(1966~)が執筆し、演出は「青い霧」(KBS2001)、「フルハウス」(KBS2004)などで有名なピョ・ミンスと、「アイリス」(KBS2009)のキム・ギュテが共同で行った。前回紹介した「私の名前はキム・サムスン」のヒョン・ビン(玄彬1982~)と、「秋の童話」(KBS2000)、「オールイン」(SBS2003)で韓流スターとなったソン・ヘギョ(宋慧教1981~)が主人公を演じた。その他、演技派と言われる中堅俳優たちが登場する。このように作家、演出家、俳優の三拍子が揃って前評判は高かったが、視聴率は僅か5~7%に止まった。だが一方で、セリフの奥深さ、洗練された映像、抜群の演技力などが高く評価され、熱狂的なマニアファンを生んだのも事実である。

専門職ドラマ

このドラマの主人公は、放送局のドラマ制作部に所属するPDのチョン・ジホ(俳優ヒョン・ビン)とチュ・ジュニョン(ソン・ヘギョ)である。大学生時代の一時期を恋人としてつき合って別れた経験のある二人が、同じ職場で働きながら、周りとの人間関係や仕事を通して愛とは何か、生きるとは何かを問う。全編を貫くストーリーよりも、主人公をはじめドラマ制作に関わる人々のそれぞれに焦点をあてて、その内面を描きだそうとしていることがわかる。各回は、敵(第1話)、ときめきと権力の相関関係(第2話)、ドラマのように生きよ(第9、10、16話)などといったテーマがあり、考えさせられる問いが随所に散りばめられている。以下、詳しいストーリーは省略して、今回は周辺のいろんな話に焦点を当ててみたい。

このドラマには、韓国ドラマにありがちな出生の秘密や交通事故、偶然の連続などの無理な設定がない。主役の二人が、あまりにもカッコよくて若すぎると思わせることを除けば、ドラマを制作する人々のある時期、ある場所をそっくり切り取って映し出しているかのように思わせる(主人公の二人はここでの共演をきっかけに実の恋人同士となったと聞く)。こうした意味でもドラマ制作に携わる人々を等身大に描き、その世界を堪能させてくれる専門職ドラマだと言える。ただし、視聴者はいきなり専門用語が飛び交う現場に放り込まれるので、少し戸惑うかもしれない。せっかくの良いドラマでありながら、大衆的人気を得られなかった理由でもある。

「オンエアー」との違い

その点、同じくドラマ制作の舞台裏を題材にして、終始二桁台の高視聴率(最高視聴率27%)を獲得したドラマ「オンエアー」(SBS2008)とは対照的であるといえるだろう。こちらの方はむしろ大衆性を意識して作られていて、リアル感には乏しい。そもそも、「オンエアー」の脚本を書いたキム・ウンスクとシン・ウチョルPDは、「パリの恋人」(2004)、「プラハの恋人」(2005)、「シティーホール」(2009)、そして最近の「シークレット・ガーデン」(2010)に至るまで、大衆性を追求する作品を制作してきたコンビである。インタビューなどを見ると、彼らは、“現実を反映できなくても大衆に人気のあるドラマを作りたい”と言い放っている。

それに比べて「彼らが生きる世界」のノ・ヒギョン作家とピョ・ミンスPDは、これまで「嘘」(1998)、「悲しい誘惑」(1999)、「バカな愛」(2000)、「孤独」(2002)など、いずれも視聴率では地を這うようなドラマを制作してきた。だが、「悲しい誘惑」では、韓国で初めて同性愛を題材にして注目を浴びたし、庶民男女の不倫を描いた「バカな愛」では視聴率1%未満であったにも関わらず、“視聴者が選んだ今年の良い番組”、“放送記者団が選んだ2000年最高のドラマ”に選ばれている。いわば、大衆性よりも人間社会の現実を描くことを重視し、質の高い作品を作ってきたコンビなのである。

“彼ら”の世界

ノ・ヒギョン作家は、このドラマを書くにあたって準備に約2年間を費やしたそうである。ドラマに登場する様々なエピソードの多くは、実際に起こったことであるらしい。新人タレントが、ドラマに起用されるためにあの手この手を使う話しや、それを逆手にとるディレクター。時には怒声が飛び交う撮影現場。視聴率競争の激しさと、放送局内部の弱者を切り捨てる体質などがそこでは赤裸々に描き出されている。日頃うつつを抜かして見るドラマの裏側に、こんな熾烈な競争世界が潜んでいるのかと思うと、単純にはドラマが楽しめなくなってしまいそうだ。

主人公のチュ・ジュニョンは放送局では駆け出しのPDである。まだ20代の若さながら、受賞歴もあり、期待される女性として設定されている。彼女の演出アシスタントも女性だが、その他のPDはみな男性たちだ。実際においてもドラマ作家は圧倒的に女性が多いが、女性のPDはあまり聞いたことがない。セリフの中に「最初の女性ドラマ局長になるつもりだ」というものがあったと思うが、基本的にそこは“彼ら”の世界である。そのせいか、ジュニョンもアシスタントのミニ(俳優イ・ダイン)も、短髪でサバサバとした性格である。もう一人の男性アシスタント役のヤン・スギョン(チェ・ダニエル)が、ジュニョンら周囲の女性に対して見せる振舞いは、性的嫌がらせに他ならないが誰からも制止されていない。こういう男性が後にPDになったらどうなるのかと、思いやられる。

見ていて興味深かったのは、ジュニョンの言葉づかいについてである。ジュニョンは、撮影現場でタメ口(対等にものを言うこと)を使うだけでなく、それ以外の場でも、相手が年配の俳優であろうと、トップスターであろうと、作家であろうとほとんどタメ口で話す。日本以上に社会的地位や年齢などで話法が異なる韓国で、このジュニョンの言葉づかいは、一般のルールからは外れているようで驚いた。こうしたことが許されるのはPDという社会的地位のせいなのか、それともこの業界では当たり前なのだろうか。あるいは創作の場に権力関係を持ち込みたくないノ・ヒギョン作家の思いが反映されているのだろうか。唯一、ジュニョンのタメ口を咎めるのは、少し年上に設定されている恋人のジホである。それも、二人が恋人モードでいる時だけだ。

ジホは時々大声をあげてキレることがあるが、どちらかと言えば思慮深く、心も広そうで、ジュニョンよりも大人のキャラクターとして描かれる。演じるヒョン・ビンの魅力も十分発揮されている。片やジュニョンは、普段タメ口を使うだけでなく、誰にでも言いたいことを言い、自らの感情(ないし欲望)をあらわにする。それが身勝手な自己中心的キャラクターに映らないのは、何事に対しても率直で、性格に表と裏がないからだろう。また、それまでの静かなイメージを一変させたソン・ヘギョの演技も見事である。

ノ・ヒギョン作家

ドラマ作家の多い韓国では(2008年現在、約300人[韓国放送作家協会所属])、視聴率を上げることのできないドラマ作家は、たちまちお呼びが掛からなくなるのだが、ノ・ヒギョンだけは別格だ。いかに視聴率が低くても、ドラマ業界に占める彼女の位置と人気は揺るがない。それは、ひとえにセリフの魅力に由来しているのだろう。ソウル芸術大学の文芸創作科を卒業したノ・ヒギョンは、母親の死をきっかけにドラマ作家になることを決心し、韓国放送作家協会の教育院でシナリオ創作を学んだ。1995年、「セリとスジ」がMBCの脚本公募で佳作となってデビューを果たす。その後、毎年話題作を発表し、デビュー三年目にして「百想芸術大賞脚本賞」を受賞(受賞作「嘘」KBS1998)した。ノ・ヒギョンの脚本は、いくつも本として出版され、彼女の熱狂的なファンをはじめ、多くのドラマ作家志望者たちがそれを買って勉強しているといわれる。2005年に出版された放送作家協会教育院のテキスト『ドラマ・アカデミー』にも、ドラマ作家の大ベテランである金秀賢と並んで文章を書いている。

日本ではまだ彼女の脚本集はあまり翻訳されていないが、「彼らが生きる世界」の放映中に出版された彼女の最初のエッセイ集が翻訳出版されている(米津篤八訳『いま愛していない人、全員有罪』朝日新聞出版、2009)。そこには子どもの頃のこと、両親のこと、ドラマ作家になったきっかけ、この他脚本を書きながら考えたことなどが表現力豊かに記されている。また、「彼らが生きる世界」の脚本の一部もモノローグとしてそこに含まれているので是非一読をお勧めしたい。ちなみに、ベストセラーとなった韓国語版の印税は国際救援NGOのJTS(Join Together Society)に寄付したそうである。

俳優たちの多彩な活動

ノ・ヒギョン作家、ピョ・ミンスPDをはじめ、このドラマに関わった俳優やスタッフたちは、北朝鮮の子どもたちに食糧を支援するキャンペーンに賛同したことでも知られている。街頭での署名活動やピザ屋さんでの一日アルバイト、慈善競売への出品など多様な行事に参加した(写真は「100万人国民署名結果報告および伝達式」(2008.10.7)で詩を朗読するペ・ジョンオクとキム・ヨジン)。

ドラマの中でトップスターの女優役を演じたペ・ジョンオク(1964~写真左)は、ノ・ヒギョンドラマ「嘘」以来の常連俳優で、長い間JTSの広報大使として活動してきた。その後、「テレビドラマの掲示板反応と制作構成員の相互作用に関する研究:MBC-TV週末ドラマ<天下一色パク・チョングム>事例を中心に」(高麗大学大学院言論学科2009)という論文で、女性演技者として初めて博士号を取得した勉強家でもある。また、本ドラマで作家役を演じたキム・ヨジン(1974~)は、映画やドラマの撮影で多忙な日々を送るなかで、最近ソウルの大学で起こった清掃/警備員の賃上げストライキへの支援活動に奔走している。また、MBCの「100分討論」(2011.3.24)に出演して、昨今の社会問題と関連して公権力を厳しく批判するなど、社会的発言も活発に行っている。

3月11日に東日本大震災が起きた後、韓流スターたちがこぞって震災被害者のために寄付をしたのは周知の通りである。ツイッター上にも日本に向けた激励のメッセージが数多く書き込まれた。ドラマで放送局員を演じた歌手兼俳優のキム・チャンワン(金昌完1955~)も、ツイッターを通して日本の人々を元気づけるための支援コンサートを呼びかけた。3月18日には、彼の呼びかけに応じた17のグループが無償で出演し、ソウルでと題されたコンサートが開かれた。そこでキム・チャンワンが歌った主題曲の歌詞を最後に紹介しておこう。

僕が君を抱きしめてあげる (キム・チャンワン)

大地はなにも言わずに ただ、そこに横たわり

海もなにも言わずに ただ、波音だけをたてている

悲痛な叫びに気づいてくれる耳も無く

流れる涙を拭ってくれる手も無い

友よ 僕が君を抱きしめてあげる

泣けばいい 僕が君を抱きしめてあげるから

[日本語訳http://news.donga.com 2011.3.17より]

写真出典:http://ohmylove.tistory.com/, http://leepdworld.tistory.com/1

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カテゴリー:女たちの韓流 / WAN的韓流

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