2011.06.20 Mon
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.11回にわたっての竹中先生のセミナーも4月で終了し、引き続き5月は、竹中恵美子著作集刊行を記念しての特別講演会「現在フェミニズムと労働論」が開催されました。
今回の講演においては、労働研究におけるフェミニズムの意義、フェミニズムの流れを組む理論的な提起が具体的にどのように政策に盛り込まれていったか、世界の流れの中での日本の現状について、という大きく3点において議論が展開されました。
はじめに、現代の第二波フェミニズムの、経済学における労働研究にたいする意義について述べられました。1960年代以降の現代フェミニズムは、家族という従者を有する「男性」を基準とした近代市民社会そのものを問い、ジェンダー化した社会システムの改革を目指すとともに、その近代的価値観の下で構築された経済学における労働のあり方の批判的検討をも進めることとなります。
フェミニズムによる、男性を基準とすることへの疑義は、市場にて給料を受け取る立場だけでなく、家庭内のアンペイドワーク(UW)の労働者をも労働論の分析の対象とすることを可能にしました。
また、フェミニズムの疑問の対象は私的領域である家族のみならず、企業や労働組合といった市場、そして国家へと拡大します。さらに、フェミニズムと女性労働論は、経済のグローバル化が女性の担うUWをも巻き込んで再編し進行していき、年齢、ジェンダー、人種などの要因が、複合的に、各グループに不公平に配分される労働といった今日的課題を考える必要性を示していきます。
1980年代、経済的厚生において、市場化が困難な「ケアの役割」の重要性が強調されるようになる中では、フェミニズムが提示し続けてきた公的領域と私的領域をともに考えるという方法論が、労働をめぐる政策に大きな影響を与えました。有償のケア労働も家庭内のケア労働も、ともに社会的経済的に評価し、男女を問わず関われる仕組みをつくる方向が提起され、産業の論理の下で労働力を効率よく利用するという20世紀のレイバリズム(labourism)批判から、21世紀の、人間らしい社会や生活の質を考えるディーセント・ワーク(decent)が提唱されるなど、労働経済学に新たな視点がもたれるようになります。
二つ目のお話は、前述のような様々な理論的な提起が、実際の政策にどのように具体化されていったのかについて、国連を中心にした政策の経緯の振り返りと、それらが、人権・労働権をめぐるポジティブなグローバル・スタンダードを形成していく様子を中心に展開されました。
1979年の国連の「女性差別撤廃条約」の採択、1995年の「北京世界女性会議」やその「行動綱領」などを通じ、UWとPWの性別配分を是正する政策が打ち出されました。また、福祉国家のあり方についての考え方にも変化が見られます。すなわち、20世紀型の福祉国家が性別分業を内に含む「男性稼ぎ手モデル」を前提としたものであるのにたいし、21世紀型の福祉国家は、男女それぞれが自立し、かつケアを担う「個人単位モデル」であるということです。
「個人単位モデル」での政策の実現には、経済的資源(時間、貨幣)の社会的再配分が課題となります。それはすなわち、ケアと両立する労働組織の再編成、労働時間の短縮、それらを支える社会保障制度の確立といった、労働と社会保障を車の両輪とするような再配分により、ディーセント・ワークの実現が求められることを意味します。これらの21世紀型福祉国家の考え方は、国連、ILO条約・勧告国連、ILO条約・韓国、EU指令に具体化され、グローバル・スタンダードが形成されていきました。
しかし、これらのディーセント・ワークや「個人単位モデル」といったグローバルスタンダードは、日本での実現においては、問題点や課題が多いものであるといえます。3点目のお話では、女性の非正規雇用化や、賃金や年金格差などによる高齢女性の貧困化、男性のみが「稼ぎ手」であることを前提とした税制・社会保障制度が女性を働きにくくしていることなど、「女性の貧困化」が起こる現代日本社会の問題点および課題について述べられました。また、日本の問題しては、前述の「男性稼ぎ手モデル」が堅持されていることとともに、ケアや家庭内労働といった家族責任が、家族内のみに閉じこめられた義務となり、家族労働で社会支出を節約する「見えざる福祉国家」という汚名さえ与えられているということが紹介されていました。
このような日本の現状に関し、当面の課題としては、「男女両性の経済的自立とケア共有モデル」の形成、日本の政策を、国連の提示する性別無償労働の評価といった視点を労働政策、家族政策につなげていくことが必要となります。第三次男女共同参画基本計画では、第二次では、その言葉さえも消えていた「無償労働」に関する調査が記載されましたが、それらが生かされ、労働と生活の両立型の労働政策・家族政策の推進が望まれます。
さらには、労働の場での男女賃金格差是正に向けての具体的な必要事項、そして、近年その必要性が確認されてきた「ワーク・ライフ・バランス」という言葉を使用する際には、「ワーク」にPWとUWの二つを含め、労働と余暇の二分法から、労働、家事労働、余暇の三文法へ時間政策を改革し、労働時間短縮型子育ての両性への権利の確立などが求められるということです。
現在の日本では様々な問題が堆積しているが、非市場のUWをも含んだ労働を男女が担っていくことが重要である。本講演のむすびでは、このような状況において我々が考えていくべきこととして、女性労働論は女性の経験を理論化する中から生まれた考え方ではあるが、決して女性の利益や単純な男女平等のためのものではなく、21世紀を生きる男女両性の生き方にとって有益なものであり、人類が持続可能となるために必要なものであるということが強調されました。
竹中先生のご講演の後は、著作集発刊を記念しての第二部が開催され、今まで家事は、「ワーク・ライフ・バランス」の「ライフ」の部分だと思っていたが、実は「ワーク」のほうであるとあらためて気づいたということ、竹中先生のご研究は、4、50年前のものであっても現在の社会を見る上でもその意義が失われることはないということなど、会場からも多くのご発言がありました。竹中先生からもまた、女性労働研究が現在の時代との関係で新たな意味を持つのではと思い、今回の著作集の刊行に踏み切られたことなどのお話がありました。
男女に意味づけがなされ、役割が割り当てられ、それは経済、社会生活を人間は営んでいく上での大きな足かせとなっている。人間の営みが貨幣的価値で分断されている。そしてそれらは、ともすれば「日本人のあるべき姿」として美化され、肯定される。そこで起こる問題は不可視化され追及されない。
こういった現代社会を生きる中で、ジェンダーによる権力構造を問うフェミニズムは絵空事のように揶揄され、社会に害を及ぼすものとさえ考えられてきた側面があります。社会が不安定化する中で、社会構造自体を問い未来に進もうとするフェミニズムは非現実であり、より安定したジェンダー規範が好まれるという状況が、ここ数年強くなっている感じも受けます。
個人が人間として尊重され、人間らしい生活をするための努力はもはや正義ではないのか。心が折れそうになる毎日ですが、今日、竹中先生の力強い講演をお聴きしたことで、「女性の経験を理論化する」フェミニズムが、現実に沿った実践的なものであり、それは実際の社会の変革やグローバルスタンダードの形成に大きな役割を果たしてきたことに、この上ない確信と心強い気持ちを持たせていただきました。
カテゴリー:男女共同参画 / セミナー「竹中恵美子に学ぶ」
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