2011.07.05 Tue
私が2003年に見たドラマの中で最も印象的だったのが、「あなたはまだ夢見ているのか」(全167話、MBC)である。
このドラマは、韓国の戸主制度がいかに男性中心的な法律であったかを余すところなく見せてくれる。原作は、今年1月、享年80歳で亡くなった作家朴婉緒(パク・ワンソ)の同名の小説である。この小説は1989年に韓国の『女性新聞』に連載されたもので、私も当時、ソウルで毎週楽しみに読んだ覚えがある。もっともシングルマザーが、子供をその実父に奪われるという内容だったので、ハラハラ・ドキドキしながら読んだものである。ドラマもこの原作をかなり忠実に描いている。主人公を演じた裵宗玉(ペ・ジョンオク)も好評だったが、それ以上に主人公を苦しめる黄女史役の羅文姫(ナ・ムニ)の演技が光っていた。
夫の裏切りと新たな出会い
主人公のチャ・ムンギョンは35歳。高校の国語の教師である。結婚して6年になるが、まだ子供はいない。結婚した翌年、夫は、家族の期待を一身に背負って、博士号を取るために単身オーストラリアに留学する。そのため、ムンギョンは実家で暮らしながら、せっせと夫に仕送りをしてきた。ある時、ムンギョンは夫を驚かせようと、何の連絡もせずオーストラリアの夫の居所を訪ねる。だが、そこで見たものは、夫が見知らぬ韓国人の女性と、一歳になる子供までもうけて楽しそうに暮らしている姿だった。その実、夫はとうに博士号を取るという夢を捨て、三年前からこの女性と同居していた。その女性も、なかなかムンギョンに離婚を切り出せない夫の優柔不断さに業を煮やしていたのだった。
離婚したムンギョンは、傷ついた心を何とか癒そうと努力する。そんなある日、小学校時代の同級生だったキム・ヒョックチュと偶然再会する。幼くして父親を亡くし、子供の頃からママボーイと呼ばれていたヒョクチュ。彼は母親(黄女史)の献身と過保護のもとで成長し、整形外科医になっていた。小児科医の女性と一度は結婚したものの、三年前に妻に先立たれ、まだシングルだった。心の片隅に互いにパートナーを失った侘びしさを持つ二人は、幼馴染の気安さも手伝って、急速に惹かれ合う。
利己的な母親
だが、息子に自分のすべてを賭けて生きてきた黄女史は、ヒョクチュがバツイチのムンギョンと再婚することを絶対に許さない。彼女は息子を社会的に“成功”させようと、息子が初婚でないことを伏せたまま、資産家の娘との結婚話しを進める。ムンギョンに対しても「息子は私のものだから渡さない」と言って憚らない。それでも息子がムンギョンとの結婚に固執するや、自分の思い通りにならないことを苦にして睡眠薬を飲み、自殺まで図る。これに驚いたヒョクチュは結局、そんな母親に折れて、再びママボーイに戻り、母親が薦める見合い相手のチョン・エスクと婚約する。
一方、自ら別れを選んだムンギョンは、その直後に自分が妊娠していることに気がつく。子供の将来を思い、再びヒョックチュに復縁を迫る。だが、婚約して病院まで建ててもらっているヒョックチュには、引き返す勇気も意思もない。むしろ、こうなったからには「子供を堕ろしてくれ」と一心に頼むのだった。ムンギョンが妊娠を理由に復縁を迫っていることを知った黄女史も、あらゆる手段を使ってムンギョンに嫌がらせをし、中絶を強いようとする。そしてムンギョンの産む意思が固いと知るや、勤め先の学校にまで押し掛けて、ムンギョンが既婚男性をたぶらかす不道徳な女であると吹聴し、辞職に追いやる。その上、「これから生まれて来る子供は、ヒョックジュとは何の関係もない」という内容証明付きの郵便まで送りつける執念深さを見せる。
“未婚の母”として生きる
ムンギョンは、一人で子供を産むことを自分の父親からも猛反対されて、家を出る。職場も追われ、家からも追い出されたムンギョンは、カトリックのシスターのもとに身を寄せて子供を出産する。やがて退職金や貯金は次第に底をつき、たちまち経済的困難に直面する。それに、したたかに生きて行こうとするシングルマザーのムンギョンに世間の風当たりは冷たい。やっと得た保育園の職も、ムンギョンが“未婚の母”であることを快く思わない園児の親たちによって辞めざるを得なくなる。結局、ムンギョンは実家に戻り、妹夫婦が営む小さな食堂で働きながら子供のムニョクを育てることにする。
片や、ヒョックジュは整形外科医の院長として知られて行くが、家庭では妻と母親の葛藤が次第に深まっていく。嫁のエスクになかなか子供が出来ないことが黄女史の最大の不満だった。エスクは人工授精までして妊娠を試みるが、二度も流産した挙句、子宮筋腫で子宮を摘出する破目になってしまう。エスクにとっても、黄女史にとってもそれは最悪の事態であった。手術が終わって、「子孫が途絶える」と悲嘆にくれていた黄女史は、ふと、ムンギョンのことを思い出す。黄女史は、そういえば、ムンギョンが男の子を産んでいた筈だということを思い出して、ひとり興奮する。それは地獄で見つけた一条の光のようなものに思えた。
子供を奪われる
かつて、子供を理由にして二度と自分たちの家族に近づくな、とムンギョンに冷たく言い放った黄女史が、今度はその子供を「私の孫だ」と言い張り、手に入れようと躍起になるのである。最初はとんでもない話だと反対していたヒョクチュも、実際に五歳になるムニョクを見てからは考えが変わってしまう。黄女史はムンギョン一家に露骨に接近し、あの手この手でムニョクの関心を買おうとする。ムンギョンは息子に「父親は死んだ」と言ってあったのに、黄女史はムニョクに「私はお前の祖母で、父さんも生きている」ということを口に出してしまう。
ムニョクに対する執着をますます強める黄女史は、あまり乗り気でないヒョクチュに代わって区役所へ行き、息子の代理で「認知」申請をする。すると、父子関係の事実確認も、印鑑も必要とせず、いとも簡単にその手続きは完了した。こうしてチャ・ムニョクは、母親のムンギョンの知らぬ間に、キム・ヒョックチュとチョン・エスクの子、キム・ムニョクとして戸籍に記載されてしまう。ムンギョンから親権を奪った黄女史は、さらに養育権をも取り上げようと企み、弁護士を頼んで裁判を起こす。ドラマの後半はこの裁判の展開が中心に描かれる。
戸主制度廃止の気運
このドラマが放映された2003年の韓国社会は、戸主制度がキーワードの一つだったと言っても過言ではない。前年の12月の大統領選挙の際、戸主制度廃止が大統領の選挙公約として採択されたのをはじめ、翌年1月の大統領引継委員会も戸主制度廃止を“12大国政課題”の一つに加えた。そして2月に発足した盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権は、戸主制度廃止に意欲を燃やす女性弁護士の康錦実(カン・グムシル)を法務大臣に起用した。5月には、法務省、女性省、国政広報局、女性・市民諸団体が協力して戸主制度廃止特別企画団を発足させ、その廃止に向けた取り組みが本格化したのである(ただし、実際の廃止は2005年3月まで待たなければならなかった)。
こうした社会的気運のもとで、地上波テレビ局三社がこぞって朝と夜の連続ドラマで戸主制度の問題を取り上げたのだ(MBC「あなたはまだ夢見ているのか」、KBS「黄色いハンカチ」、SBS「あなたの元へ」)。中でも、MBCとKBSのドラマは人物設定やストーリーがよく似たものであった。すなわち、妻が子宮摘出手術をすること、婚外子が息子であること、最初は実父以外の人が子供の入籍を積極的に進めようとすることなどである。おまけに、MBCドラマでママボーイのヒョクチュを演じた俳優チョ・ミンギが、KBSドラマでは善人役のヨンジュンを演じるなどで、視聴者を混乱させるというエピソードまで加わる。結局、最高視聴率37%を記録した「黄色いハンカチ」が、女性省の男女平等放送賞大賞を受賞したのであるが、“未婚の母”の苦しみをリアルに描いた点では、MBCの「あなたはまだ夢見ているのか」の方が優っていると私は思った。
このドラマでは、黄女史が戸主制度の最も忠実な体現者として描かれている。そういった意味では、息子をもつ母親の反面教師として大いに学ぶ点があると思われる。ちなみに、原作の小説は、1994年に『族譜』という題名でドイツ語に翻訳され好評を得たが、日本語にはまだ翻訳されていない。せめてドラマだけでも日本語字幕付きで放映してもらいたいものである。
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