シネマラウンジ 原発ゼロの道

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[WAN的脱原発](20)『アンダー・コントロール』 フォルカー・ザッテル監督インタビュー/濱野千尋

2011.10.31 Mon

原発ドキュメンタリー『アンダー・コントロール』の監督に聞く、ドイツの脱原発のいま

映画『アンダーコントロール』は、ドイツにおける原発の現状を描いたドキュメンタリーだ。フォルカー・ザッテル監督の視線は、たじろいでしまうほどニュートラルである。怠慢といわれるだろうが、映画が善悪の判断を下してくれた方が、観客はよっぽどラクだ。しかし本作には誘導的な演出が一切ない。それが面白いし、怖くもある。普段、見ることのできない原子力発電所の内部を3年かけて取材し、映像化したザッテル監督に聞いた。

『アンダーコントロール』 ©Stefanescu/Sattel/Credofilm

――福島の第一原発事故について、どう思われましたか。

とてもショックでした。あれほど大規模な事故が起きてしまうとは。秩序だっていたはずのシステムがいっぺんに破壊され、混乱に陥ってしまう様子を見て唖然としたし、絶望的な気分になりました。

この映画のなかでも、原発で働くエンジニアの人たちは「すべてが制御(アンダーコントロール)されている」と自信を持って答えます。なにが起ころうと適切な対処法があり、安全であると彼らは考えている。そういった内容を取材していたこともあって、福島で起きたことは衝撃的でした。すべてがコントロール下にあるはずがなかった。それを見せつけられて、いわく言い難い気分になりました。

現在、世界には400基以上の原子炉が稼働しています。さらなる事故が起きる可能性は大いにあると思っています。

――少年時代は原発の近くの町で過ごされたとか。

ええ。子どもの頃、私は原発から7キロしか離れていないところに住んでいました。ドイツの原発には冷却塔というものがあって、高いもので200メートルくらいあるんです。そこからもくもくと煙が上がっている風景に親しんでいました。冷却塔は町のランドマークのようなもの。小さいころには、怖い、という感覚はありませんでした。

私が16歳のとき、チェルノブイリ原発事故が起きました。「原発は危険なものなんだ」と、このとき初めて感じました。ドイツ人にとってチェルノブイリ原発事故は切実な問題でした。南ドイツに放射能雲が発生し、放射能汚染への恐怖が広がりました。除染活動も行われました。当時のドイツは、ちょうど今の日本の状況によく似ています。

この頃からドイツでは原発に対する議論が活発になり、いまに至っています。

――日本ではいま、ようやく議論が始まったところです。

原発に関する議論は難しいものです。原発問題を考えるとき、人は自分が抱える根源的な不安や恐怖から逃れられないからです。この問題に直面すると、ときに感情的になりすぎてしまう人もいます。

さらに、原発問題には、国民が正確な情報を得にくいという特徴があります。原発はつねに政治の手によって守られてきました。原子力という人間の手に余るエネルギーを、政治は「自然なもの」「コントロールできるもの」「当たり前のもの」として演出しようとしてきました。そして私たちは今ようや、自分たちが何をしてきたのかに気づいたところだと思います。

原発問題を考えるときに大事なのは、まず、私たち自身が正確な情報を得ることです。そして批判的な目を持ち、忍耐強く議論を重ねていくことにつきます。国民の間に批判が広がれば、政府も電力会社もいずれそれを無視できなくなります。ドイツが現在の状態になるまでにも、さまざまなレベルでの議論が長く続けられてきました。

――原子力発電所はどのようなところですか。

原発とは、まるでそこだけで完結しようとしているかのようなひとつの別世界、ひとつの別の宇宙のようなところです。そこではなにもかもが計算と統計の上に成り立ち、すべての危険が「制御されている」と考えられている。まるで人工の“ユートピア”のようです。チェルノブイリ原発事故も福島原発事故も、原発を世界からなくすには至っていないことからも、いかにこの“ユートピア”が厚い壁に覆われた強固なものであるかを感じます。

私はこの映画の撮影を2008年に開始したのですが、この時、すでにドイツの原発は稼働中のものより停止しているものの方が多い状況でした。原発は頂点をとうに超えており、終焉していく技術なのだと私は感じていました。そこで、原子力という巨大な夢が潰えていく様を映画にしたいと思ったのです。

取材を通して原発に入り込んでみて、「われわれには救済はない」ということをつくづく感じました。つまり、たとえ脱原発をなし得ても、その先には廃棄物の問題が横たわっている。私たちは、一度手を出してしまった原子力の問題から永久に逃れることはできません。そういったことも、この映画では伝えたいと思いました。

『アンダーコントロール』 ©Stefanescu/Sattel/Credofilm

――ドイツは脱原発に舵を切りました。どう感じていますか。

原発を推進してきたメルケル首相が脱原発の方針を示したことには正直、驚きました。なにせ、メルケル首相が率いるキリスト教民主同盟は、原発なしにはドイツは生き延びることはできないと主張してきましたから。政治というものはこれほど簡単に変わるものなのか、と思いましたね。

福島原発事故以前は、ドイツ国民のおよそ半数は、「原発は安全」と考えていました。しかし、事故以後に世論が大きく変わり、反原発の意識が国民に広がりました。メルケル首相の決断は選挙対策でもあると考えられますが、脱原発の動きに向かってドイツ国内が落ち着きつつあるのはとても良いことだと感じます。

――日本とドイツの違いに、電力の自由化と再生可能エネルギーの開発が挙げられます。

そうですね。ドイツにはかつて8大電力会社があり、独占的に電力を供給していましたが、1998 年の電力の全面自由化によって、その独占体制は崩れました。この頃政権を担っていた緑の党は、脱原発と再生可能エネルギーの開発を推進しました。8大電力会社は原発を守るために圧力的な動きに出たのですが、緑の党は再生可能エネルギーを開発する中小規模の電力会社を支援したのです。そういった努力が実ってドイツの再生可能エネルギーは大きく成長しました。経済効果も高まり、いまや脱原発を支える力となっています。

一日にして原子力をなくす、核をなくす、原発をなくすことはできません。この問題を解決するには、長い年月がかかります。国民の手で政治を動かすには時間がかかるともいえます。

――ニュートラルな視点に徹してこの映画を作られた理由を教えてください。

フォルカー・ザッテル監督

原発問題は社会的な問題であると同時に、個人的な問題でもあると私は思っています。各人がどう原発につきあっていったらいいのかを考えられるような映画にしたかったのです。どんな視点でとらえるかによって、原発問題の見え方は変わってくる。つまり、原発はひとりひとりの人生観にかかわってくる問題なのです。そして、そこには善悪を二分するような「たったひとつの真実」はありません。

ですから私は“反対”“賛成”と、それぞれの立場を主張する方法をこの映画では撮りたくなかった。この映画を見てくださった方が新たな視点を持つきっかけをつかんで下さったら、と願っています。

インタビュー・文/濱野千尋

『アンダー・コントロール』

11月12日、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

※大阪は11月26日、シネ・リーブル梅田にて上映となります。
※それ以外の上映情報は公式サイトをご参照ください。
http://www.imageforum.co.jp/control/

カテゴリー:新作映画評・エッセイ / 脱原発に向けた動き

タグ:脱原発 / 映画 / ドキュメンタリー / 原発 / ドイツ映画 / 濱野千尋 / インタビュー