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『家族の庭』評 一年を共に生きる  清水馨[学生映画批評]

2011.11.03 Thu

 60才を過ぎた男女を描く映画を20才そこそこの自分が理解できるだろうか。少し不安を感じながらもスクリーンを見始めると、間もなく、夫婦の菜園を大雨が濡らしていくシーンがあった。まるで、その雨と一緒に流されてしまったかのように私の杞憂は消えて、気づけば真っ暗なエンドロールが流れていた。

 「ロンドン粘土層だな」、工事現場で楽しそうに土を観察する男は、地質学者のトム。医学カウンセラーとして働く妻ジェリーとともに、ガーデニングという共通の趣味を持ちながら、互いへの尊敬に満ちた穏やかな日々を送っている。30才になった息子は弁護士であり、結婚という課題はあるが、彼らの間に何ひとつ不満は無い。幸福すぎる中流家庭の生活が映し出される。そこへ、問題を抱えた友人たちが行き来しながら、物語は深く広がりを見せていく。

 ある女性は、幸せな家庭をもつ友人に救いを求め、「幸福」に嫉妬し、自身の理想の中に生きている。酒と煙草を手に、男運のなさを嘆き、主人公たちの息子を恋愛対象にしたり、いい年齢になっても地に足が着かない「少女」のような奔放さで人々をかき回す。この「問題を抱えた」女性、メアリーは、ジェリーの20年来の同僚仲間だ。そしてもう一人、職業安定所で長年働いているトムの友人、ケンがいる。彼らは、独り身であることに恐怖や不満を抱えつつ、温かな「家族」を求め、夫妻の元へやってくる。

 マイク・リー監督は、馴染みの俳優を使い、即興で物語を紡いでいく作風で知られている。映画をひとつ作るためには、俳優を集め、彼らに漠然としたイメージを与えて、キャラクターの性格や人生を創り出させていく。そのようにして、ひとりひとりにキャラクターの人生を「背負」わせる。そこで初めて、作品にセリフやストーリーが生まれていく。つまり、物語の中で交わされる言葉や行動は、そのキャラクターの「意思」から生まれているかのようで、フィクションであっても、そこには「真実」が映し出されている。

 春、夏、秋、冬と、季節とともに様々な顔を見せる登場人物たちを見ていると、年代を超えて感じる、心の交わりがある。そこで、ふと、自身や回りの人間を思い浮かべてみると、幸せな家庭も、不幸ばかり見出してしまう生き方も、映画だけの話ではないと気づく。

 ある、よく晴れた日に、男たちがゴルフをしているシーンがある。大柄で汗っかきなケンのポロシャツの胸元に、綺麗なハート型の汗が染み出て、浮かび上がっていた。これについて、仲間が気づいたり、指摘することなかったけれども、私はその、ささやかな瞬間に、彼のあっけらかんとした幸せを感じた。寂しさに泣いても、「彼らなら大丈夫だ」と確かな安心感を覚えさせる場面だった。彼と同じくメアリーもまた、問題を抱えつつも、人生に向き合っていくことができるタフさを持っている。私たちは彼らをそっと映していくカメラと同じように、その生き方を見守ってあげればいいのだ。

 あっという間に一年間を共に過ごして、作品を「見終えた」という意識が戻ると、いつの間にか、彼らに寄り添いながらわずか2時間のドラマに、自らの人生を重ねようとしていたことを知る。

 原題は「Another Year」、「また一年」という感じか。息をのむようなサスペンスや、強引に涙を誘うメロドラマは、この物語には描かれない。それでも、坦々と進んでゆく日々の些細な喜びや、出会いと別れ、少しずつ確実に変化してゆく人生の一部を切り取ったような物語に、ひとつでも共感するものがあれば、自然と感動がこみ上げてくる。

(日本大学芸術学部・映画学科・3年・清水馨・しみずけい)

『家族の庭』公式HPは こちら www.kazokunoniwa.com

(マイク・リー監督/イギリス/2010)

11月5日(土曜)より、銀座テアトルシネマほか全国順次ロードショー!

配給:ツイン

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カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:非婚・結婚・離婚 / 高齢社会 / 映画 / イギリス映画 / 人生 / 清水馨 / シングル / 女と映画