エッセイ

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<女たちの韓流・22>「悲しみよ、さようなら」(슬픔이여 안녕)    山下英愛

2011.11.05 Sat

今回は、過去10年間に視聴率20%以上のドラマを最も多く書いた人気作家崔賢瓊(チェ・ヒョンギョン)の作品、「悲しみよ、さようなら」(KBS2、2005年、全60話)を取り上げる。本欄で彼女の作品を紹介するのは「空くらい、地くらい」、「お隣さんは元ダンナ」に続いて三度目である。このドラマは、週末(土日)夜のゴールデンタイムに放映された連続ホームドラマで、最高視聴率30%台を記録した。2005年は、「私の名前はキム・サムスン」、「がんばれ!クムスン」(いずれもMBC)、「バラ色の人生」(KBS)など、超人気作品がお目見えした年であるが、それらと並んで注目を浴びた作品の一つである。

このドラマの主人公は、人気アイドル歌手グループ「神話」のメンバーであるキム・ドンワン(金烔完)が扮するハン・ジョンウという青年である。ジョンウは三流大学を卒業したせいで、なかなか就職口が見つからない。就職活動をする傍ら、親が経営するチキン屋を手伝い、洗車、清掃アルバイトなどをしながら希望を失わず前向きに生きている。そんなある日、偶然ソヨンと出会い、恋人関係へと発展する。だが、ソヨンは裕福な家で何不自由なく育った女性である。ご多分にもれず、彼女の母親はジョンウの家庭環境が気に食わず、二人の交際に猛反対する。その反対を乗り切ってゴールインする過程がストーリーの一つの軸である。だが、この二人の恋愛ストーリーよりも、もっと大きな比重を占めているのがジョンウと実母との物語である。

よじれた血縁関係

実はジョンウには出生の秘密がある。ジョンウは高校生の頃、自分の母親(ソノク)が産みの親でないことを知る。ジョンウは、父親(ソンジェ)が浮気して他所で生んだ子供だと聞かされてショックを受け、受験勉強に集中できなくなった。ソヨンの母親が娘の結婚相手として認めようとしなかった理由もここにある。しかし、ジョンウが知っている出生の秘密は、実は真実ではなかった。本当は、ジョンウが父親だと信じて疑わないソンジェも、父親ではなく、長兄だったのである。実の父親は、ジョンウが祖父だと教えられてきた人だった。ジョンウの実父はその昔、ソンジェら4人の子どもを産み育てた妻を亡くした後、自ら経営する製麺会社で経理を担当していた若いヘソンを新妻に迎えた。ところが、実父は、ヘソンがソンジン(ジョンウ)を妊娠中に急逝してしまう。ソンジンを産んだ後、突如姿を消してしまったヘソンに代わって、長兄のソンジェがソンジンを息子ジョンウとして籍に入れ、育ててきたのだった。

実母の“恨”

ジョンウの実母で、ソンジェらの継母にあたるヘソンは、夫の死後、製麺会社の工場長だったパク・イルホに誑かされて会計帳簿を偽造してしまう。婚姻届も出していない状態で夫に先立たれたヘソンには遺産相続の権利もなく、お腹の子どもの将来も心配だった。そんなヘソンに、「社長の遺産を山分けしよう」とパク・イルホが持ちかけたのだった。ところが、パク・イルホはヘソンを利用しただけで、社長の財産を一人占めしてしまったのである。ヘソンが分け前を要求すると、却って「帳簿を偽造したのはお前だ」と脅迫され、窮地に追いやられた。

孤児として育ち、頼れる実家もなかったヘソンは、その重圧に耐えられず、お産の後、子どもを置いて家を出てしまった。1年後、気を取り直して家に戻った時は、すでにソンジェらがソウルに引っ越した後だった。しかも、近所の人から、ソンジェたちがソンジンを孤児院に預けたという噂を聞かされる。それからというもの、ヘソンは全国の施設を訪ね歩き、人探しのTV番組も欠かさずに見ながら息子を捜し続けた。また、ソンジンを孤児院に捨てたソンジェらを心の片隅で恨み、パク・イルホに対しては、言い知れぬ憎しみを抱いて生きてきたのだった。

一方のソンジェたちは、父を亡くし、唯一の頼りだった継母ヘソンまで家出した後、兄弟が力を合わせて苦労しながら生きてきた。継母を恨んだソンジェの妹と弟が、ソンジンを孤児院に捨てて来てしまったが、それを知ったソンジェが引き取りに行き、自分たち夫婦の息子として戸籍に載せたのだった。亡父とヘソンが婚姻届を出しておらず、ヘソンも行方不明だったので、ソンジンを亡父の息子として戸籍に載せることが出来ないという事情もあった。

ヘソンの復讐

ヘソンを騙して社長の財産を横領したパク・イルホは、その金でイルホ食品という会社を設立し、名の知れた企業として成功を収めていた。片やヘソンは、料亭のマダムなど水商売の世界で働き、そこで暴力団会長の寵愛を受けた。会長のはからいでナイトクラブと消費者金融を経営する女丈夫になったが、結婚はせず、息子との再会を夢見て、酒を唯一の友として生きていた。そんなある日、ソンジェの弟(ソンミン)が事業に失敗して多額の借金を背負い込む。その返済を助けてやろうとソンジェが訪れた金融会社が、実はヘソンが経営する会社だったのだ。こうしてヘソンとソンジェ、そしてパク・イルホの因縁が再び蘇る。物語は、単なる知り合いだったジョンウとヘソンが、実の親子であることが明らかになっていく過程と、ヘソンがソンジェらを後押しして製麺会社を復興し、パク・イルホに復讐する過程が同時進行する。

二人の母親

崔賢瓊ドラマにはよく“産みの親”と“育ての親”という二人の母親が登場するが、このドラマも例外ではない。ジョンウの育ての母であるソノク(俳優:崔蘭チェ・ラン)は、ジョンウを実の子同様に育てたつもりだが、それでも自分が産んだジョンウの弟と差別待遇していないかと心配する。そして、ジョンウの実母であるヘソンが現れてからは、26年間育ててきた愛着と、ジョンウの母親としての地位を譲り渡すことの辛さで、なかなかヘソンに事実を打ち明けることができない。

一方、産みの母ヘソンの、子を思う気持ちは、このドラマの底流に綿々と流れ続ける。息子に一目でも会いたいという思いは“恨(ハン)”となり、彼女の心をかきむしる。息子の成長した姿を思い浮かべながら、暇さえあればセーターを編み、誕生日には行きつけの食堂でわかめスープを作ってもらう。そして、息子を置いて家を出たことを後悔し、その辛さを紛らわせようとひたすら酒を飲むのである。

ジョンウが息子であることを知ってからのヘソンがまた痛々しい。ソンジェたち兄弟も、ソノクも、ヘソンが実母であることをジョンウに伝えようと決心するが、ヘソンは「今さら自分が母親だと名乗る資格はない」と、実母であることを伏せたままにしてほしいと頼む。それは、子どもを置いて家を出たことへの後ろめたさと、かつて料亭のマダムをしていたことを知られたくない、という思いからである。ソヨンの両親もマダム時代のヘソンを覚えており、ジョンウの実母だと名乗ることは二人の結婚の妨げになると考えたのである。

悲喜こもごも

しかし、ついにジョンウもその事実を知る時が来る。いつもは「社長」と呼んでいたヘソンに向かって、ジョンウが「おかあさん」と呼びかける場面で、視聴者はもらい泣きをさせられる。このシーンに限らず、このドラマは涙をそそられる場面がやたらと多く、最後までティッシュペーパーを手放せない。ドラマ終盤の意外な展開で、最後の一滴まで涙を絞りとられる。だが、涙の後にやって来るものが、必ずしも爽快さであるとは限らない。私の場合は、「悲しみよ、さようなら」という題名を、「悲しみよ、こんにちは」だと勘違いするほど、重苦しさが後を引いた。人生とはこんなものかも知れない、と思いながら。

このドラマには、出生の秘密、貧富の格差、倒産、復讐、交通事故、病気と手術など、連続ドラマによくある素材が総動員されている。そんなドラマはもう見飽きた、という人もいるかもしれないが、ヘソンの復讐劇はそれなりに小気味がよい。そもそもヘソンは、孤児で家族も無く、婚姻届もされていない“未婚の母”であり、法的にも保護されず、パク・イルホの横暴に力無く屈せざるをえなかった家父長制社会の弱者なのだ。そんなヘソンが、失った子どもと再会し、パク・イルホとその会社を窮地に追い詰めていくのだから、ダイナミックな展開である。ただ、パク・イルホの妻が夫の横暴さに耐えかねてようやく離婚を決心して家を出たのに、30を過ぎた娘のヨジンが、それを支持するどころか、ひたすら母親に離婚を思いとどまるよう説得する様は、理解に苦しむ。

俳優たち

このドラマを見て、私はすっかりヘソンを演じた李恵淑(イ・ヘスク1962~)のファンになった。李恵淑は崔賢瓊ドラマに欠かさず登場する俳優でもある。「百万本のバラ」(2003)では、パク・イルホを演じたハン・ジニと夫婦役で登場して、頑固な姑に仕えながらも、しっかり自己主張する嫁を演じた。また、「空くらい、地くらい」(2007)では、憂いの漂うムヨンの実母役を好演している。前回紹介した「お隣さんは元ダンナ」では一転して、わがままで気の強いキャラクターの元妻を見事に演じて見せた。「悲しみよ、さようなら」では、圧倒的な演技力でヘソンを演じ、その存在感は若い主人公たちを凌ぐものだった。そんな演技力が評価され、年末の2005年KBS演技大賞で優秀賞を受賞した。

70年代末にデビューして後、1991年には韓国映画「銀馬将軍は来なかった」で主人公のオルレを演じ、モントリオール映画祭と青龍映画祭で女優主演賞を受賞した。この映画は、朝鮮戦争中の江原道の小さな村を舞台に、米兵に強姦されて村八分となったオルレが、洋公主(ヤンゴンジュ:米兵相手の売春婦に対する蔑称)になる過程を描いたものである。この他にも、1968年に日本で起こった金嬉老事件を題材にした韓国映画「金の戦争」(1992)で、主人公の恋人フサ子を演じた。近年はドラマを中心に活躍中だ。漢陽大学演劇映画学科の出身である。

一方、素朴な母親ソノクを演じた崔蘭(チェ・ラン1960~)も、李恵淑に劣らず演技派の中堅俳優である。李恵淑と同じく70年代末から芸能界にデビューし、多くのドラマや映画に出演してきた。話術にも長け、様々なトークショーにも出演している。俳優のエリートコースとも言える中央大学の演劇映画学科出身で、同大学の大学院でも学んだ。多忙な芸能活動の傍ら、10年前からは教壇にも立ち、現在はソウル総合芸術学校の副学長を務めている。「悲しみよ、さようなら」は、この二人の俳優の演技を見るだけでも楽しめるドラマである。

写真出典

http://www.kbs.co.kr/drama/sadgoodbye/gallery/photo/index.html

http://movie.daum.net/moviedetail/moviedetailMain.do?movieId=2196

http://www.sac.ac.kr/program/board/list.jsp?menuID=001001001004001&boardTypeID=172

カテゴリー:女たちの韓流

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