2011.11.09 Wed
日本語教育学会ワーキンググループでは、EPAの看護師・介護福祉士候補者の日本語教育支援をしています。 きょうは、候補者と、受け入れ施設の状況、そして国家試験のことをお伝えして、みなさまのご理解を得たいと考えています。看護師と介護福祉士は全く仕組みが違いますので、複雑ですが、今回は主に介護福祉士に関するものです。 EPA(経済連携協定)で来日している介護福祉士候補者の最初の国家試験が来年1月に迫っています。第1期生として2008年夏来日し、6か月間の日本語教育を経て各施設で研修している候補者たちが受験します。この試験の受験資格としては3年以上の実務経験が必要です。候補者たちの滞日条件は4年間ですので、試験の機会は1度しかありません。合格すれば、介護の専門家として、日本で働けますが、不合格の場合は帰国させられます。 看護師の場合は、自国で看護師として働いた経験があることが来日の条件、それを満たせば国家試験はすぐ受けられますので、すでに3回の受験機会がありました。そこで合格したのが昨年1.2%で今年は4%、不合格の場合、①本人が延長を希望する。②病院側がさらに教育をつづける意思がある。③一定以上の点数が取れている。の3点が満たされれば1年延長が認められることになりました。でも、第1期生は6割が帰国してしまいました。 介護福祉士候補者の場合も、看護師の例に倣いますので1年延長は可能でしょう。 日本政府が、日本語教育をわずか6か月で足りると判断して、日本語教育を義務づけることもなく安易に丸投げして、未熟な日本語のまま病院・施設へ配置した結果、施設と候補者たちは日々悲鳴を上げています。専門用語も施設内でのスタッフや利用者とのコミュニカーションも日本語の力が求められます。たどたどしい日本語を駆使しながら、毎日の介護業務をこなしています。高齢の利用者の不明瞭な発音にも、介護日誌や、勤務引き継ぎ用語など、省略の多い難解な現場用語にも慣れなければなりません。 そういうレベルの日本語力の候補者たちが、国家試験を受けるのです。国家試験の日本語をやさしくしてほしいと、厚労省に申し入れしていますが、平易な日本語での出題はすぐには実現しそうもありません。 さて、その先をどうするか、その展望が開けなくてずっと困っていました。そんな時の、この8月、エストニアのタリンの学会で上野千鶴子さんにお会いする機会を得ました。 基調講演でケアの社会学を語られたので、そこに飛びつきました。「EPAの候補者の国家試験の日本語で困っているんですが、どこへ持ち込んだらいいのでしょうね」と。上野さんは即座に「ガルーダしかないんじゃない?」と言われました。ガルーダというのはインドネシアと交流を促進する組織名でそこに、ガルーダサポーターズ(GS)という支援組織があります。そのことです。 帰国後、何とかガルーダと連絡を取りたいと思いました。ただ、正面から向かっても、適当にあしらわれる恐れがありますので、中心的役割をしている人に紹介してくれる人を探しました。何人かの手を経て、幸いGSの事務局の方と連絡がつきました。 来年1月の最初の試験までに何かしなくても良いのかともちかけましたところ、GSでも、いくつかの支援グループに呼びかけて、EPAの制度そのものを変える提言を考えているところだ、とのことでした。方向はいいのですが、グループの組織化から始めるのは少し時間がかかります。来年1月を手をこまぬいて見送るわけにはいかないから、今回の試験に限って何かできないかと粘りました。その結果「EPA候補者の介護福祉士国家試験及び看護師国家試験に関する緊急提言」を、「ガルーダ・サポーターズ」「(社)日本本語教育学会看護と介護の本語教育ワーキンググループ」「関西インドネシア友好協会」の3グループ名で出すことになりました。 10月17日に厚労省の記者会で発表し、厚労省大臣官房総務課渉外調整係長に提言を手渡してきました。その内容は以下の3点です。 ① 問題文の漢字にふりがな(かなによる読みのルビ)をふる。(その他の受験者についても同様の措置を採ることも可) ② 試験の制限時間を延長する。 ③ その他の受験者とは別室とする。 これは最低限の要求です。4年弱の滞在の非漢字圏の外国人が日本人と同じ試験を受けるためには、このくらいのアドバンテージを与えても、決して優遇したことにはなりません。生まれてから20年以上日本語を駆使している人と、4年足らずの期間に、現場の介護知識・技術を習得しながら学んだ日本語で受験する人とでは、どうみても大変な差があります。私たちが、例えばタイ語が全くわからないのに4年目に国家試験を受けることを考えたら、その大変さは容易にわかります。試験問題を作る方々にもちょっと想像力を働かせてもらったら、すぐわかることです。 EPAの看護師・介護福祉士育成プロジェクトでは、つい最近ベトナム政府との取り決めもできました。今後ますます来日する候補者が増えますが、その受け入れ態勢が今のままでは、犠牲者が増える一方です。漢字習得が大変、漢語中心の試験問題が理解できない、専門用語が難しすぎるなど、あまりの難しさにすでに意欲をなくしてしまっている候補者もいます。施設側では、インドネシアやフィリピンの大家族で育ってきた候補者たちの利用者に対する接し方がとても評判が良くて、日本人スタッフにも良い影響を与えている例が多いのです。良い人材に育ちそうで期待しているのに、試験に不合格で帰国されてしまっては、それまでの苦労が水の泡です。 制度的欠陥が大きいことが明らかになってきています。このままでは無理ということになり、今後見直しが行われるでしょう。今後の候補者については改善がなされるでしょうが、すでに来日している人々と、それを受け入れた施設が犠牲を被ることだけは何としてでも避けたいことです。介護福祉士候補者752名と、328の受け入れ施設が、初志が貫けなくて、悲惨で不孝な思いをする結果にならないように、なんとかしなければなりません。 どうかみなさまのご理解とご支援をお願いします。 (遠藤織枝:日本語教育学会ワーキンググループ)
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