2012.01.05 Thu
前回紹介した「私の男の女」(SBS、2007)が、中年層をテレビにくぎ付けにしたのとは対照的に、2,30代の若者たち、とりわけ女性たちを熱狂させたのが「コーヒープリンス1号店」(全17話、MBC、2007)である。原作は、2006年に出版されたイ・ソンミの同名のロマンス小説で、すでに日本でも翻訳本が出ている。ドラマ化された後、漫画にもなった。脚本はイ・ジョンア(原作者の筆名)とチャン・ヒョンジュが書き、脚本家のノ・ヒギョンが監修したそうである。演出はMBCドラマ局の初めての女性PDとして知られるイ・ユンジョンが担当した。脚本、演出、主人公がすべて女性であるということで注目を浴びた作品でもある。最高視聴率は約28%。年末のMBC演技大賞では、主役を演じたユン・ウネ(尹恩恵1984~)が女子最優秀賞、同じくコン・ユ(孔侑1979~)が男子優秀賞、準主役のイ・ソンギュン(李善均1975~)が黄金演技賞、名脇役のキム・チャンワン(金昌完1954~)がPD賞を受賞した。また、翌年の百想芸術大賞でも最優秀演技賞(ユン・ウネ)と新人演出賞(イ・ユンジョン1974~)を受賞している。
このドラマは若者たちの恋愛を描いたトレンディードラマで、貧しい家の“勤労少女”(とはいっても24歳)であるコ・ウンチャンが、財閥三世のチェ・ハンギョルと結ばれる“キャンディレラ物語”でもある。出生の秘密、不治の病、三角関係などのお馴染みの素材を含みつつも、「私の名前はキム・サムスン」(2005)に劣らぬ新鮮さをもつ。中性的な主人公と同性愛、婚前妊娠など、若者たちの文化的傾向を前面に押し出し、多くの“ペイン(廃人)ファン”を生んだ。そういえば、2007年の秋学期に、私の講義を聴講していた韓国人の女子留学生が、「最新の韓国の若者文化を伝えたい」と言って、このドラマの映像を紹介しながら生き生きと語っていたのを思い出す。
男と女の“境界”
主人公コ・ウンチャンは、見た目も性格も“ボーイッシュ”な24歳の女性である。“男装女子”とも言われるが、元来“男っぽい”出で立ちの持ち主なのだ。一見、華奢な美少年風だが、テコンドーの師範で腕っぷしが強く、その旺盛な食べっぷりとしぐさは、周囲の男たちを圧倒するほどだ。ウンチャンは日頃から、妹につきまとう男を懲らしめるために妹の恋人になりすまし、出前の配達に行った女湯の脱衣室で、男と間違えられて非難を浴びるなど、日常的に男女の境界をまたいで生きている。ちなみに日本語字幕では、ウンチャンの一人称に「オレ」が使われていたが、韓国では一人称に男女の使い分けがない。ウンチャンのボーイッシュさは、話し方やジェスチャーで表現されている。“ウンチャン”も男っぽい名前である。
周囲の親しい人たちはウンチャンが女であることを知っているし、ウンチャンも女であることを拒んでいるわけではない。ところが、ウンチャンが勤めることになったコーヒープリンス1号店は、その名の通り男子従業員ばかりの職場であり、その社長であるチェ・ハンギョルは、ウンチャンを男だと思い込んで店員にする。そのため、ウンチャンはクビにならないために女であることを隠し、胸にさらしを巻きつけて“男装”するのである。
一方、コーヒープリンス1号店の社長、チェ・ハンギョル(30歳)は、食品業界の財閥三世である。病気になった会長(祖母)の願いでアメリカから戻ってくるが、祖母が勧めるお見合いが嫌でたまらない。ハンギョルには出生の秘密があり、外見はタフガイだけれども、繊細な心の持ち主でもある。“ハンギョル”という名前は、”一途”という意味を含んでいる。そんなハンギョルは、祖母から古びたコーヒー店の再生を命ぜられ、やむなくコーヒー店の社長になった。そして、ひょんなことから知り合ったウンチャンを、その店の従業員として雇う。ハンギョルは当初、明るくて活発で真っ直ぐな性格の“勤労少年”であるウンチャンに、弟のような親しみを感じる。だが、それは次第に恋愛感情へと発展する。ウンチャンを男だと思い込んでいたハンギョルは、自分に同性愛的指向があるのかと悩むが、ついに「(ウンチャンが)男でも、宇宙人でも構わない。行くところまで行くのだ」と意を決し、愛を告白する。
片や、出会った当初からハンギョルのことが好きだったウンチャンも、その思いを受け止めようとする。しかし、自分が女だと知れば、ハンギョルが自分から離れてしまうのではないかと思い、なかなか本当のことを言うことができない。ウンチャンは思い悩んだ末にハンギョルに打ち明けるが、その時はすでに、店の同僚たちもウンチャンが女であることを知った後だった。ハンギョルは、自分が騙されていたということを知ってショックを受け、怒り狂う。ウンチャンが女か男かということは、ハンギョルにとってさほど重要なことではなかった。むしろ信頼を裏切られたことが問題だったのである。
同性愛コード
このドラマでは、ハンギョルがお見合い相手を失望させるために“男の”ウンチャンを恋人に仕立ててゲイの振りをしたり、実際に“男の”ウンチャンを好きになってしまうなど、同性愛コードが取り入れられている。こんな設定がBL(ボーイズラブ)のファンや、女性視聴者たちのナルシシズム的欲望を掻き立て、このドラマのとりこにしたようだ。しかし、ドラマに描かれた同性愛コードは、あくまでも二人の異性愛的恋愛関係をより効果的に見せるための道具という色合いが濃い。「女でよかった」というハンギョルのセリフがそれを物語る。
ちなみに、韓国で同性愛が人権の問題として社会的に語られるようになったのは1990年代である。同性愛を真面目に取り上げた最初のドラマも、1999年に放映されたノ・ヒギョン脚本の「悲しい誘惑」(全2話、KBS,1999)だった。その頃に比べると、2000年代には映画やドラマでもより頻繁に同性愛が取り上げられるようになった。「コーヒープリンス1号店」の軽快な同性愛の描き方も、韓国社会のこうした変化を背景にしている。しかし、批評家たちは、このような描き方は同性愛の理解に何の助けにもならないと、こぞって批判的だ。女性民友会メディア本部の関係者も、「同性愛者たちを特別視するのではなく、ごく普通の隣人として描くべきだ」とコメントしている。
最近も、同性愛指向のある韓国人青年が、兵役を拒否するため2006年にカナダに亡命を申請し、2009年に難民の地位が与えられたと報道された(連合ニュース2011.12.15)。カナダの移民・難民審査委員会(IRB)は、韓国軍が同性愛を精神病と見なし、嫌悪の対象にしていること、従って申請者が韓国に戻って軍隊に入った場合、迫害される恐れがあることを認めたのである。
新世代的感性
このドラマの魅力はいろいろあるが、何と言っても、ウンチャンが男に媚びない主体性の持ち主であることだ。二人が相思相愛になったあと、ハンギョルは早く結婚しようと言うが、ウンチャンは一流のバリスタになって自立するために留学の道を選ぶ。愛情表現も積極的で、一夜を共にするのもウンチャンが一歩リードし、キスの雨を降らせるのもウンチャンである。ただ、あえて不満を言わせてもらうなら、留学から戻ってきたウンチャンが、体にぴったりと張り付くジーンズをはいて“女装”していたことである。
ハンギョルの従兄のハンソンと、その恋人ユジュとの関係も自然体でしなやかだ。ハンソンは音楽家、ユジュは絵かきという仕事をもち、時には恋人同士、また時には元恋人となりながら、息の長い付き合いをする。互いに他の人との間で心が揺れるが、お互いを見失うこともない。最後はユジュがハンソンにプロポーズする。
この他にも、舞台になったコーヒープリンス1号店や、ハンソンが暮らす家、ビルの屋上にしつらえられたハンギョルの家、ユジュのアトリエを兼ねたアパートの雰囲気がとってもいい。とりわけ、ハンソンの家は、ソウル郊外の山の中腹にあり、三面に窓のある作業部屋からの眺めが素晴らしい。近くの山肌にはソウルを囲む城郭がめぐり、遠くにはソウル市内が見渡せる。こんな場所で暮らしたら、さぞ感性が磨かれるだろうなと思ってしまう。ドラマ終了後、コーヒープリンス1号店もハンソンの家もカフェになった。どちらもソウル市内なので、韓国に行ったらぜひ立ち寄りたいスポットである。
女性PD
こうした魅力を作り出した一つの要因が、演出のイ・ユンジョンにあると言えるだろう。特に映像のディテールの描き方に彼女らしさが表現されていると評された。ハンギョルやユジュの家の構造や、主役たちのキャラクターの描き方などに、女性のファンタジーがうまく投影されている、ということらしい。イPDは、2005年に放映された短編ドラマ「泰陵選手村」(全4話)で頭角を現し、女性として初めて韓国ドラマのミニシリーズを担当することになった。最初は”女性にドラマが作れるのか?”とバカにしていた上司たちも、このドラマの視聴率が日々上がるのを見てびっくりしたそうである。
「コーヒープリンス1号店」の成功は、“男の世界”だった韓国放送局各社のドラマ制作局に、女性PDを進出させるきっかけとなった。MBCはこのドラマの放映中から女性のドラマPDを育成する方針を明らかにし、女性PDに対する差別的要素を除去すると表明した。KBSは、クォン・ゲホン(1973~)が「Bad Love~愛に溺れて」(2007)で演出を担当し、女性PD第二号として注目された。昨年は、「強力班-ソウル江南警察署」の演出も行った。KBSでは現在、6人の女性PDが活躍中である。また、SBSのドラマ制作局も2007年に初めて女性PDを採用したが、他社に比べるとドラマ局の男性中心的体質が強いようである。
俳優コン・ユ
最後にチェ・ハンギョルを演じたコン・ユについて少し触れておこう。コン・ユは今や、韓国の若者たちが“コーヒー”と聞いて真っ先に思い浮かべる俳優である。「乾パン先生とこんぺいとう」(SBS2005)をきっかけに日本でも人気が高まり、公式ファンクラブもある。昨年12月には福岡、名古屋、東京でライブコンサート形式のファンミーティングを行っている。その彼が、昨年は、コン・ジヨン(孔枝泳1963~)の小説を原作とする映画『トガニ』(るつぼ)の主役を演じて注目を浴びた。
この小説は、2000年から4年間、韓国のある聴覚障害者の学校で起きた性暴力事件の実話を扱ったものである。コン・ユは、兵役中にこの本を読んで衝撃を受け、その映画化を積極的に働きかけたそうである。コン・ユは映画の中で、事件の真相を世に訴える真摯な美術教師カン・イノを演じている。映画は三か月の間に約470万人の観客を動員(昨年末現在)し、“トガニ旋風”を巻き起こした。そのおかげでこの事件に対する世論の関心が再び高まり、性暴力犯罪処罰特例法の改正案(2011.10.28)と社会福祉事業法の改正案(2011.12.29)を国会で可決することができた(俗称“トガニ法”)。これらの改正によって、障害をもつ女性と13歳未満の児童を対象とする性暴行犯罪の公訴時効が無くなり、処罰も重くなった。社会福祉法人に対する規制も以前より強まる予定である。また、映画上映後、警察も事件の再捜査に乗り出し、以前不起訴処分だった加害者の男(学校設立者の息子)を、つい先日、拘束した。米国では『SILENCED』(沈黙)というタイトルで昨年11月より上映中だ。日本での上映が待ち遠しい。
写真出典
http://www.koreanmovie.com/Coffee_Prince_pdrama_photo_52173_213/
http://www.namyangi.com/contents/pop_print.asp?c_id=7753&cms_cd=C03010000
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000793501
カテゴリー:女たちの韓流
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