2012.01.05 Thu
上野千鶴子・川口恵子トークショー at 東京・ユナイテッドシネマ豊洲 再録・注釈付きテクスト版
構成・註 川口恵子
KONKATSU or Marriage Hunting in the Age of Jane Austen and Japan Nowadays
Girls’ Talk: Chizuko Ueno and Keiko Kawaguchi at United Cinema Toyosu, Tokyo on November 25th, 2011
Annotated Text Version by Keiko Kawguchi
本トークショーは、IVC主催による、ジェイン・オースティン長編6作日本語吹き替え版・Blue-Ray/DVD発売記念企画『高慢と偏見』(Blue-Ray)試写会の後に行われたものです。
WAN再録にあたり、詳しい注をつけ、加筆修正したテクストを、全4回に分け、お送りします。新春ならぬ、晩秋のガールズ・トーク注釈付ヴァージョン、お楽しみください。
「これって18世紀版セックス・アンド・ザ・シティだなって」(上野)Pride and Prejudice is a 18th century version of SATC! (Ueno)
川口:皆さん、こんばんは。今日はようこそ、週末の夜をBBC版『高慢と偏見』Pride and Prejudice上映のために来ていただき、ありがとうございました。まず最初に、自己紹介させていただきます。私は川口と申します。よろしくお願いいたします。私はふだん映画評を書いたり、大学で非常勤をかけもちして教える仕事をしていますが、この『高慢と偏見』も、「イギリスらしさ」がどこに表れているかといったことを小説や映画を通してみていく比較文化論の授業や、英語の授業でこれまで何度か取り上げてきました。このBBC版も自分で購入して、すでに持っていますが、今回あらためて大きなスクリーンで見まして、ダーシーがどういう表情や目線でエリザベスを見ているか、細かいところまでわかって、とても面白かったです。で、映画評論活動と教えること以外にボランティアワークとして、上野さんが理事長をしていらっしゃるNPO法人ウィメンズ・アクション・ネットワークに関わっていまして、そこが運営する女性総合情報サイトWANの映画欄、「映画を語る」のコーディネートを担当しています。上野さんも映画評をお書きになっていまして、私も定期的に映画評をアップしています。他にも、本やアート紹介をはじめ、女性に役立つ情報が紹介されていますので、ぜひ、皆さん、ご覧になって、活用していただければと思います。
上野:今紹介していただいた上野と申します。ウェブサイトを運営しているNPO法人ウィメンズ・アクション・ネットワークの理事長をやってます。ぜひウェブ上で現物を見ていただきたいですね。今日のトークショーもツィッターしてきました。ツィッター見て来た、って人、いるかな? あ、いた。うれしいです。でもって、なんで私がこんなところにいるのって説明したほうがいいと思います。実は私、『クロワッサン・プレミアム』という雑誌に、映画評の連載をもってるんです。三年くらいずっと毎月映画評書いてまして、わりあい映画好きなんで、今回こういう楽しい企画があったので、喜んで参りました。よろしくお願いします。
川口:はい、こちらこそよろしくお願いします。今日は上野さんにつっこみをいれる光栄を味わわせていただきます。最初に、質問からまいります。上野さん、一晩かけてこのBBC版をご覧になったということで、いかがでしたでしょうか?
上野:見始めたら、やめられない、とまらないで、6時間かけて全部見ちゃってねえ。
上野:思ったのはこれって18世紀版「セックス・アンド・ザ・シティ」だなって。It’s a 18th version of Sex and the City(SATC), isn’t it?
川口:まあ、カントリーが舞台ではあるんですけれども。もっといえば、カントリー・ハウスが舞台ですが。Except that all the story is located in the country, or in the country house to be precise.
上野:『セックス・アンド・ザ・シティ』っていうのはSATCって略すんですよね。『セックスアンド・ザ・カントリー』でもSATCになりますね。つまり男の品定めをめぐるガールズ・トークの面白さ。話の展開も面白いし、もともとの小説のあらすじを知ってても、この次どうなるのって最後まで興味を保たせる。わりと長ったらしい話が6時間にコンパクトにおさめてあるので、展開のテンポもいいですね。 Sex and the country can be abbreviated as SATC all the same.
川口:そうですね、もともとテレビ・シリーズとして6話連続で上映されて、1995年に本国イギリスで放映された時には、なにしろ『ブリジット・ジョーンズの日記』のヒロイン、ブリジットも、これを見るために着替えて、放映が始まるまでの間に煙草を買うために外に出たら、人が歩いているっていうんで、なんで皆、家でTV見てないのかって日記に書くくらい、人気があったわけですね[i]。
上野:最後はお決まりのゴールインなんですが。これって18世紀版婚活じゃないかって。それで、今日のトークのタイトルを「ジェーン・オースティンの時代の<婚活>と今」ってつけたんですよね。
Is there any ‘gentleman’ in Japan? /Does an ideal gentleman exist? (Kawaguchi)
川口:私の方は、実は、最近、ジェントルマンについて考えさせられるところが多々ありまして、もともと、そういう趣味はまったくなかったんですが(笑い)、時代がこのようにぎすぎすしてくると、ジェントルマン的要素を持つ男性が必要じゃないかと思えてきまして。別に、「ジェントル」だからジェントルマンっていうわけじゃないんですけれども(笑い)。で、「理想のジェントルマンは存在するか?」って題で話をさせていただきたいって上野さんにお伝えしたら、もうちょっとキャッチイなのにしたらというので、この「婚活」のお題を頂戴したわけですね。
上野:「ジェントルマン」というのは、「ジェントリ」っていう階級を意味してますから、土地持ちのリッチな階層であるということですね。「ジェントルマンっていいなあ」っていうのを聞くと、もっとわかりやすく翻訳すると、「カネ持ってる男はいないか」っていう風に聞こえちゃうのよね(笑)。
川口:そう聞こえてしまうきらいはありますよね。でも実際はそうじゃなくて・・・
上野:カネを持ってることが最低条件で、その上で、ルックスもいい、性格もいい、しかもセックスがうまい、ってこういうことですよね?
川口:どうでしょうか(汗!)。実は、私は、今日来るとき、電車内で乳母車を押してる若い女性がいるのを見かけたんですが、全然、車内の男性、立って席を替わろうとする人がいないので、私が立ちましたけど、そういうことが本当に最近すごく増えてるんです。・・・つまり、ジェントルマンのジェントルマンたるゆえんってお金じゃなくてマナーだと思うわけです。それで―
上野:ごめんなさい、本当は、私たちはここで、レディライクなトークをしなくちゃいけないと思うけど、ぶっちゃけてガールズ・トークになりそう(笑)。今日は川口さんとてもレディライクなファッションですね。私は品格がないもんですから、つい下ネタになってしまいます。ジェントルマンってマナーだけではなれません。たとえばウィカムという執事のせがれは、けっしてジェントルマンになれないわけですよ。なる資格をもてないから。だからジェントルマンって「ふるまい」も大事だけど、ふるまいは、もともとある階層に所属していることが前提で、プラス・アルファの付加価値なんですよね。
川口:私はこの頃よく岩波文庫の『ジェーン・オースティンの手紙』を寝る前に読んでまして、結婚相手選びに悩んでいるお気に入りの姪ファニーあての手紙など、とても思いやりにあふれていて、読んでいて癒されるんですが、その中に、やはり、相手の男性のふるまいについての記述が出てきます。礼儀正しいところがいいとか。そうしたものを読むと、いかにも、この時代は、階級とふるまいがセットになっているという感じがよく伝わってきます。上の方の階級に属していれば、それにふさわしいふるまいをすることが求められていた。そういう人がジェントルマンだという考え方があったわけです。で、それに外れた人、たとえばコリンズ牧師なんてのは、ちょっと、ということになってしまう。私、コリンズ牧師、実は大好きなんですけれども。
上野:ああ、俗物のコリンズ牧師。
川口: そう、コリンズ牧師のようなコミック・リリーフ的なキャラクターはもっと愛されていいって思うんですが、残念ながら、成り上がりゆえにいろいろマナー違反をするので、エリザベス(愛称リジー)をはじめ、ベネット家の人たちに見下される。イギリスならではの残酷なウィットが発揮されている笑いどころなわけですが。
上野:ジェイン・オースティンってそんなに、一筋縄でいく人じゃなさそう。コリンズ牧師も成り上がりだけど、主人公の一家も一種の成り上がりですね。
上野:オースティンがこれを書いたのは20才のころ?
川口:原型となる初校を書いたのは、20代前半ですね。出版は30代後半です[ii]。
上野:主人公のリジーが20才少し前の設定になっていますね。自分の年齢とリジーの年齢をほぼ同じに設定してある。若書きでこういう成熟したものを書く人って、早死にした樋口一葉を思い出しますね。樋口一葉って若いのに、すごく辛辣な人間観察家なんです。だから、ジェントルマンを描くって言っても、ふるまいと階層が一致しているというのは建前ですよね。タテマエとホンネの落差を実にリアルな目で、ちょうど酒井順子さんみたいな意地悪な目で見ている、そういうタイプの女性なんじゃないかと。そんなにジェントルマンがいいって、シンプルに言ってるようには思えませんね。
to be continued…
[i] 1995年にBBCのTVドラマ版『高慢と偏見』が放映された折、女性作家ヘレン・フィールディングがインディペンデント紙に連載していた、現代ロンドン・30代独身女性版『高慢と偏見』ともいうべき、一人称日記形式のフィクション『ブリジット・ジョーンズの日記』中のエピソード。ポストモダン的手法を用いて『高慢と偏見』を脱構築的に翻案した同作品では、ヒロイン・ブリジットはBBC版『高慢と偏見』のオン・エアをリアルタイムで見ており、ダーシーとエリザベスの恋の行方に夢中で、ダーシーやダーシーを演じる俳優コリン・ファースについてあれこれ日記に記している。2005年には原作者フィールディングがエグゼクティヴ・プロデューサーを務め自ら脚本も書いた同名映画が、シャロン・マグワイア監督により映画化され、コリン・ファースがマーク・ダーシー役を演じている。
[ii] 『ジェイン・オースティンの手紙』(岩波文庫、2004年)の編訳者・新井潤美氏の解説によれば、1775年12月生まれのジェイン・オースティンは、『高慢と偏見』の原型である『第一印象』を96年10月に書き始め、97年8月には書き終えた。『分別と多感』の原型『エリナーとマリアン』、『ノーサンガー・アビー』の原型『スーザン』をはじめ、20代前半に作家としての下地を築いている。ただし、出版されたのは30代後半になってからで、『高慢と偏見』は1813年。
カテゴリー:新作映画評・エッセイ / DVD紹介 / 特集・シリーズ
タグ:非婚・結婚・離婚 / 上野千鶴子 / 川口恵子 / ジェイン・オースティン
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