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最高の人生をあなたと[映画評]河野貴代美

2012.01.28 Sat

 女主人公、メアリー(イザベラ・ロッセリーニ)のちょっとした表情やしぐさというか、特に真面目な表情の顔面を、やや左に傾けたときの静止画像が誰かに似ている、さらに大変発声のきれいな英語をほんのわずかイギリスなまりで話す、その声を聞いたことがあると思いつつ、鑑賞中は誰かが特定できなかったのである。あとでパンフレットをみたら母親がイングリット・バーグマンだとわかって納得した。さもありなん。ちなみに父親は、ロベルト・ロッセリーニだが圧倒的に母親似と思うのは私だけか。こんなふうに似ているなどと言われることが名誉か不名誉なのかは知らないが、もちろん今回のメアリーに似た役割をバーグマンが演じたことはないだろうから(高校時代からバーグマンの追っかけだった)、メアリーとして見ればおおいに異なっている。それにしても美しい人である。年齢を重ねた重厚さを、茶目っ気や脅威を感じさせない包容力のある存在感のなかに包み込みながら軽やかに実質的に演じている。

 場所はロンドン。そのメアリーは、建築家の夫、アダムがある建築賞を受けてスピーチをおこなっている会場の外にたたずみ、なんとはなく「私の人生って何?」と自問し、彼と比べたら「(そんなの)5行で書けてしまう」とぶつくさ言ってるところから映画がスタート。女がこのようにくさっている場面、現実にもたくさん見聞きしてきたなぁ。

5行で書けてしまうような人生というなら、「専業主婦的(?)」なのか、と思いきや、イタリアで若いころは女性解放運動に関わり、教師として教壇にたってもいたらしい。にもかかわらず、60歳を真近にして記憶は空白を作り、老眼鏡をかけないとメイクができない、立ち上がるときはついつい手すりをつかんでしまう、バスのなかでは席を譲られ、なんとはなしに苛立っているのである。

アクアビスクのレッソンに通い、友人の誘いで教育ボランティアに出かけるが、自分の思いとは違ってきてしまう。一方アダムの属する建築事務所も経営難に落ちいり老人ホームの設計にのりだすが、彼には情熱がもてない。事務所の若い仲間が締め切りのせまる美術館の設計コンペに出品することを手伝ったりするのである。

このような状況の中、これまで円満だった夫婦仲はギクシャクしだす。メアリーは「自分を若いと感じるために、若い人と一緒に居たいだけ」と夫を皮肉り、彼は彼で「君といると年を感じてしまう」といってマンションを出て行ってしまうのである。それぞれの不倫関係がエピソードとして挿入されるが、どちらも発展はない。また両親の関係を案じる成人した子どもたちが集まって仲直りを画策するが、メアリーにとってありがた迷惑である。ボランティアがうまくいかないことを知った、長年の友人であり、女性運動活動家のシャーロット(ジョアンナ・ラムレイ)に「心の空白を埋めるために活動するのはよくない。一人の生活は孤独よ」と言われてしまう。

そうこうしているうちにメアリーを女医として一人で育てた母親ノラ(ドリーン・マントル)が倒れる。実は彼女は自分が癌に犯されていることをアダムのみに伝えていたのだ。やがて彼女は静かに息を引きとる。ノラの葬式に出かけるために急いだメアリーがエレベーターの故障で閉じ込められてしまい、アダムは修繕屋がくるまで彼女に付き添う。そして二人はお互いの存在価値を再発見し、捩りを戻すのである。

問題が起きはじめ、時間を経るにつれて深刻度は増すが、解決への方法は設定されていて結局ハッピーエンドになっていくという流れでいうなら典型的な欧米型ストーリーである。メアリーは、夫に変わって欲しかったと言うが、彼女自身はどう変わりたく、彼にもどのように変わって欲しかったのかはよくわからない。またエレベーターの中と階段に腰を下ろした二人の危機を何が救ったのかも釈然としない。「私の人生って(やっぱり夫)」が問いの答えだとすれば、これまた異性愛カップル至上主義の欧米風。たしかに欧米の映画なのだが。

全員概して「いい人」ばかりのなか、異彩をはなっていたのは、メアリーの母、ノラ。私の大好きな人物像である。仕事を持ち一人でメアリーを育て、なかでも彼女はひ孫が嫌い。いやみばかり言っているのである。おばあちゃんはなべて孫やひ孫が大好き、というイメージを破るユニークな個性が光る。

映画の伝えるメッセージは、アンチ・エイジング(反加齢)ではなく、ウイズ・エイジング(加齢とともに)だろう。だとすれば残る大問題、結局いつかは一人になる、、このことに処方箋があるかないかは別立てでいくしかないのだろう。

タイトル:最高の人生をあなたと
監督:ジュリー・ガヴラス
 2011年、フランス・イギリス・ベルギー合作
主演女優(メアリー):イザベラ・ロッセリーニ
主演男優(アダム):ウィリアム・ハート
公開:2/4から 渋谷Bunkamuraル・シネマ にて
写真のコピーライト:
c 2010 Gaumont – Les Films du Worso – Late Bloomers Ltd

カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:くらし・生活 / 河野貴代美 / フランス・イギリス・ベルギー映画