原発ゼロの道

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[WAN的脱原発(25)]活動の辺境にいる学生が見た「脱原発世界会議」 是恒香琳

2012.02.09 Thu

1月14~15日に、パシフィコ横浜にて「脱原発世界会議 2012 YOKOHAMA」が開催された。主催は、ピースボートや原子力資料情報室など6団体で構成される「脱原発世界会議」実行委員会だ。参加者は二日間で11,500人。また、約10万人が、インターネット中継を視聴したとされる。

会議には、たくさんの有識者が参加し、海外ゲストからの報告や提言、子ども向けプログラム、写真展、映画上映、ライブ、トークセッション、講演会など、原発や核の問題に対する、多様なアプローチがなされた。また、最後に「原発のない世界のための横浜宣言」が発表された。そこには「福島の被災者の権利」「日本政府と東電の説明責任」「住民の被ばく最小化」「世界的な脱原発の工程表づくり」など八項目の提言が盛り込まれている。

生活と両立できる範囲で、署名したり、脱原発を表明した企業の製品を買ったり、募金したり、Twitterでリツィートしたり、という学生は多い。しかし、外に対して直接的に働きかけるような脱原発運動には、なかなか参加できない。こうした、ただの学生が会議に出かける意味は何か。日常にどのような変化がもたらされたのだろうか。

活動していれば、情報交換ができ、新たなネットワークを構築するという成果もあげられよう。でも、ただの学生は情報を受け取るしかない。

会場は熱気にあふれ、各ブースに行けば「こんな活動をしています!」「是非、協力してください!」というたくさんの呼びかけに出会う。会場はどこへ行っても、言葉にあふれていた。その情報を受け取り、理解するのに必死である。大学での講義の書き取りのような様相を呈してくる。

そんな焦りの中で、写真展やポスター展はふっと、休める静かなスポットだった。

活動家の直接的な言葉や行動が、ぐいぐいと迫ってくるのに対して、写真展やポスター展は自分のペースで考えることができる。作品は、表現という形を通しているので、時間をかけて向き合うことができる。原発は今すぐとめなくてはならないかもしれないが、一方で、人はじっくりと意味を考え、問題を内面化することが必要だ。

そんな考えが浮かんだことは、会議に参加した一つ目の収穫だった。

脱原発運動が嫌いだという人がいる。「運動をしている人は、自分が正しいと思って、思考を停止している。結論であるスローガンを押しつけてくるから嫌いだ」と言うのだ。なるほど、ものごとは、情報の獲得と自分で考える事と、その両方があって、やっと自分の問題となるのだろう。

二つ目の収穫は、知る事による、認識の変化だ。私は、制服向上委員会と雨宮処凜のトーク&ライブ「私たちの革命――アイドルだってデモへ行く」を見て、このアイドルたちへの認識が変わった。制服向上委員会については、FUJI ROCK FESTIVAL.’11をめぐって、多くのロックファンの反発をかったグループであることは知っていた。アイドル未満のアイドルで、もちろんロックではないという認識だった。しかし、実際にトーク&ライブを体験してみて、まったく違うものを追求していることがわかったのだ。

制服向上委員会は、脱原発ソングで物議をかもし、売れているグループだ。リボンにチェックのスカートという清楚な制服姿のアイドルなのだが、彼女たちは社会問題を歌う。そして、ボランティア活動を行う。そこが一般的アイドルと大きく違うところだ。

トークで、雨宮氏が「社会的・政治的テーマを扱うことを知っていたのですか」と聞くと、「ボランティア活動は知っていた。でもこういうのは想像していなかった」と、制服向上委員会のメンバーは答えていた。別のメンバーは「ボランティアをすると聞いていて、いい経験になると思って入った」「社会活動は知らなかった。清く正しく美しくのコンセプトに惹かれて入った」と語った。それを受けて雨宮氏は「おかしいことをおかしいと言う、勇気を出すのは美しいよね」と言っていた。

〈清く、正しく、美しく〉というのが、今回の発見のキーワードだ。〈かわいい女の子〉に当てはまってみせるアイドルに、私はこれまで反発を抱いていた。しかし、ここに新しい意味を発見した。美しさや正しさは時に人を抑圧するが、裏を返せば武器になる。相手を黙らせてしまう力を持つからこそ、彼女たちはアイドルの清らかさで、武装し、社会批判の言葉をまっすぐに伝えようとしているのだ。

「安全なら、あなたが住めばいいじゃない」とか「みんなに迷惑かけて、恥ずかしいよ」などという反原発推進派への言葉も、正義の美少女戦士が言ったならば、ぐうの音も出ない。これを大真面目にしていたら、多くの人の反発を生むだろう。しかし遊びが見えるから、そこにのって、面白がることができる。だから、アイドル未満のアイドルである必要がある。つまり、この人たちはアイドルというよりは、アイドル演じたアーティストなのだ。曲想も可愛い制服も、ダンスも、ロックのそれではない。しかし、前衛芸術に通じる精神や手法は、まさにロックである。

「革命的オリーブ少女主義者同盟演説」の安全ちゃんは、ゲバ棒の代わりにフランスパンを持ち、オリーブ少女のようにオシャレだ。こうした安全ちゃんの表現に比べると、制服向上委員会は、遊びの部分がわかりにくい。そこが彼女たちの難しいところだ。だからこそ、間近で見て、トークを聞く機会が必要だった。この脱原発世界会議で、制服向上委員会のライブと出会い、彼女たちが〈表現としてのアイドル〉であるということを、キャッチできた。そして、その手法に学べたということは、大きな収穫だった。

 脱原発ソングのことで「子どもを利用している」と批判されたり、電車の中吊り広告を断られたりという事があったそうだ。しかし、芸能界で多くが沈黙する中で発言している。そして、暗くもむずかしくもならず伝えている。

こういう呼びかけ方だったら、私もしてみたい。社会を問いかけるテーマで、しかも明るく楽しく、毒を持ち…と、今年度の学園祭の仕掛けを考えているところだ。

脱原発世界会議の公式ホームページはこちら

(日本女子大学文学部2年・)

カテゴリー:脱原発に向けた動き

タグ:脱原発 / 原発 / 是恒香琳