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映画評:オレンジと太陽 河野貴代美

2012.02.23 Thu

©Sixteen Midlands (Oranges) Limited/See-Saw (Oranges) Pty Ltd/Screen Australia/Screen NSW/South Australian Film Corporation 2010

 この映画の趣旨は、実話に基いた、一人の女性ソーシャルワーカーが、ある不正に気づき、さまざまな困難や妨害にもめげず、それを求める人々のために勇敢に戦い、成果を勝ち取っていくという、勇気とエネルギーだといえるだろう。

 それを求める人々のそれとは?自分は誰なのだ、というアイデンティティの模索。自分たちの親は一体どこにいてどうしているのだ、という家族への憧れである。

©Sixteen Midlands (Oranges) Limited/See-Saw (Oranges) Pty Ltd/Screen Australia/Screen NSW/South Australian Film Corporation 2010

 時は1986年、ところはイギリス。ソーシャルワーカーであるマーガレット・ハンフリーズは、養子にだされた人々のサポートグループの話し合いを終えて帰途に着こうとしていたとき、一人の女性、シャーロットからある訴えを聞かされる。「自分はある児童施設にいた4歳のころ船に乗せられ、オーストラリアに送られた。船には、親も保護者もなくまた養子縁組でもなく単に子どもがたくさん乗っていた。私は自分が誰なのか知りたい」と言うのである。マーガレットは初め信じられなかった。しかしその後、サポートグループの女性から、同じく船に乗せられたという弟、ジャックからの手紙「たぶん、僕はあなたの弟です」を見せられ、半信半疑で調査を始める。すると信じられないような事実が次々に浮かび上がってくるのだ。死んだはずのシャーロットの母は生存しており、驚くことに母は娘がイギリスの養父母にもらわれたと信じていた、という。マーガレットは彼女と実母の再会をとりもつ。真実を知りたいマーガレットはオーストラリアに赴き、実は政府や慈善団体も巻き込んで、19世紀からイギリスの子どもたちを植民地に児童移送してきたこと、オーストラリアには、ジャックと同じように家族を探したいと願っている人たちのたくさんいることを知る。マーガレットは、社会福祉委員の協力を得て2年という調査期間と資金および夫マーヴの協力をもって精力的な活動を始める。マーガレットのイギリス、オーストラリアの行き来が始まるのである。オーストラリアに児童移民トラストを始めたマーガレットは、移送後さまざまな辛い人生を送ってきた人々と出会う。レンもその一人。初めはマーガレットに冷ややかだった彼も次第に心を開き始めるものの、活動は、特にたくさんの児童を受け入れたキリスト教兄弟団が運営していた孤児院を揺らし始める。そこでは公然と性虐待がおこなわれていた。脅迫電話がかかり、彼女の活動を妨害するさまざまな嫌がらせの後マーガレットはイギリスに帰国。精神的な発作におそわれ医師は「心的外傷後ストレス障害」だと。夫や娘の、家に居て欲しいという願いにもかかわらず、自分がしなければ、誰がするのだと思い悩むが、シャーロットの母と娘の幸せな訪問によって、再びオーストラリアに戻っていく。そして、今は成長した移送児童の家族探しに奔走するのである。

 オーストラリア(2009年)イギリス(2010年)両首相は、この事件について公式に謝罪をした。

からのゆりかご―大英帝国の迷い子たち

著者/訳者:マーガレット ハンフリーズ

出版社:近代文藝社( 2012-02-10 )

定価:

Amazon価格:¥ 2,700

単行本 ( ページ )

ISBN-10 : 4823108760

ISBN-13 : 9784823108761

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 13万人にもおよぶ児童移民。全く信じられないような話が現実にあって、またそれを顕在化してきた一人の勇気ある女性。なぜこのような信じがたい事実があったのかに関して映画は詳細を述べない。原作『からのゆりかご』に以下のような記述がある。「日本のシンガポール占領とダーウィン爆撃がオーストラリアにかくも広大な大陸を守るだけの方策も人口もないという恐怖感を募らせてしまったのだ。入植がこの問題に対する解答だった」わけのわからない児童なら文句の言いようもない。日本が間接的にオーストラリアへの児童移民を促したのか?

 評者は、誰かのためにこのような勇気ある行動をする人々(決して多くはないにしても、見聞きはする)にいつも感心して、すごいなあ、よくやれるなあと思ってしまう。E・ワトソンの、なんというか黒目がちの深い瞳が表現する勇気と決意を読み取ると、己の気弱さにたじろいでしまわざるをえない。マーガレットは、夫と子ども二人の幸せな家庭のある仕事熱心なごく普通の人である。私自身も出自はソーシャルワーカーである。お前は?ときかれたらできない、と答えるに違いない。たぶん、路上でシャーロットと出会い、その後ニッキーの姉弟の話あたり、歴史の真実を知った時点ぐらいで、できないと決断しそうな気がする。私と彼女の違いは何だろうか。その人の持つ他人への思いやりやエネルギー、つまりは個性と言ってしまえばそれまでのことであろう。

心理学に「救世主コンプレックス(複合感情)」という概念がある。簡単に言えば、困っている他者のために何かをせずにはおれない心理や行動をさす。この概念のニュアンスは、どちらかといえばネガティブで、他者のためとはいうものの、究極は自分のため(自分の空虚を満たす、他人の評価がほしいなど)である。もちろんシャーロットは違う。彼女の純粋な意欲や勇気は決してそうではないと映画は語っている。で、話を戻そう。私と彼女の違いは何なのか。難しい質問だ。ただ映画はそういう自己洞察を与えてくれるということで逃げておこう。自己参照のためにも必見である。

タイトル:オレンジと太陽

監督:ジム・ローチ

    2010年イギリス映画

原作:『からのゆりかご』M・ハンフリーズ著 都留信夫/都留敬子訳 近代文藝社 2012

主演女優:マーガレット・ハンフリーズ(エミリー・ワトソン)

助演男優:レン(デイヴット・ウェナム)、ジャック(ヒューゴ・ウィーヴィング)

スティール写真コピィライト:©Sixteen Midlands (Oranges) Limited/See-Saw (Oranges) Pty Ltd/Screen Australia/Screen NSW/South Australian Film Corporation 2010

公開日時・場所:4月14日(土)から。岩波ホールほか全国順次ロードショー








カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:河野貴代美 / イギリス映画 / 国際政策 / 移民