エッセイ

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ごちそうをつくってもらう幸せ(晩ごはん、なあに? 15) やぎ みね

2012.02.29 Wed

 今年88歳になる母がつくってくれるごちそうは、ほんとに、いつもおいしい。

  一人暮らしの母を訪ねて、ときどき京都から熊本に行く。滞在中、「あんたはそこに座ってなさい。私がつくるから」と台所から追い出されるのが、いつものこと。

 魚の下ごしらえから煮もののだしのとり方まで、昔そのもの。母は今でも朝昼晩、一人でせっせと台所に立っている。

  帰りの新幹線で、持たせてくれたお弁当をいただく。焼き魚とお野菜の煮物とあえものと酢の物、そしてちょっとした口取りの甘みと。駅弁と同じ献立なのに、なぜか口にふくむと、一味違うのだ。

 そんな母に育てられた娘の私は料理上手になるわけがない。

  結婚したての頃、ほうれんそうは水から茹でるのか、お湯で湯掻くのかも知らず、三つ葉の茎は捨てて葉っぱだけを使ったり。土井勝のお料理の本を横に、手に汗を握り、毎日、必死でつくったものだった。
 そんなときは母がつくっていた品々を、ふと思い出し、挑戦してみた。やがてだんだんレパートリーも増えていったけれど。

 東京から京都に来て、お姑さんと同居。全く知らなかった京料理を教えてもらい、京風のおせち料理も、ちゃんとできるようになった。

  そして今、私はひとり暮らし。好きなときに好きなごはんを、ひとりで食べているはずなのに、おいしいごはんをつくってくれる人がいるというのは、なんとも不思議。

  国鉄民営化のさなか、保身のため変節を遂げる男たちに、ほとほと嫌気がさし、旧国鉄マンの彼は技術職を辞した。妻とも別れて、博多から海外へ旅立った。

 しばらくヨーロッパ各地を放浪したあと、ふらりと京都にやってきて、もう20年になる。エレベータの保守の仕事を15年、年金も待たず、55歳で退職。自由に生きたいと無職の道を選んだ。

  比叡山の麓近くに土地を借り、見よう見まねで畑仕事を始めた。季節の野菜を育てて晴耕雨読の生活。読書三昧の日を送っている。

 彼のつくるおかずが、またおいしい。とれたての九条ねぎ、かぶら、だいこん、たまねぎ、じゃがいも、さやえんどうを使い、和風仕立ての自己流の料理を楽しんでいる。

剣先いかのワイン風

 そのおこぼれにあずかるのが私。仕事に追われていると、「ごはん、できたよ。食べに来る?」と、ありがたくも声がかかる。

  マンションの一室には一点豪華主義、こだわりのしつらえがある。囲炉裏に鉄瓶がチンチンと鳴り、うん百万円するというTANNOYのスピーカー、MCINTOSHのアンプ、Mark LevinsonのCDプレーヤーのオーディオを聴きながら、ときにはゆっくり、お酒をかたむけることもある。

青椒肉糸糸

 今日のおかずは、剣先いかのワイン風、お味噌が隠し味の青椒肉絲、北海道土産のサケのはさみ漬け、そして牡蠣とささがきゴボウの炊き込みごはんと、お味噌汁。

牡蠣ごはんとお味噌汁

 普通のおかずを、おいしくいただく。それも、つくってもらえるという幸せ。
 おいしいごはんは、人の気持ちをあたため、いただく人の心を開いていくのが、よくわかる。

カテゴリー:晩ごはん、なあに?

タグ: / やぎみね

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