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「きっと ここが帰る場所」評 リアルな人間のシンプルな物語 清水馨 [学生映画批評] 

2012.07.17 Tue

 年老いて皺が刻まれた顔に化粧をしていく。ファンデーションが厚塗りされ、鮮やかな赤が唇を縁取るが、その人間は美しくなるどころか、まるで怪物のようになった。ふてぶてしく前髪の髪を吹き飛ばす厚化粧の中年男。これほど不気味なショーン・ペンを見たことが無い。

 全身真っ黒な服装に、まるで爆発してしまったような髪型で、腕と指にはアクセサリーがせわしなくついている。蚊の鳴くような声で話し、陰鬱とした表情を崩さぬ、人間離れした姿はどこへ行っても「浮いて」しまう。これが、「かつて」絶大なる人気を誇った、ロック界のスーパースターのシャイアンだ。

 ダブリンの穏やかな街に広大な邸宅を持ち、消防士として働く妻とひっそりと暮らしているシャイアンの日課は、ショッピングモールのカフェに行ったり、儲からなそうな株に投資したり、彼の全てを愛してくれる妻とささやかな時間を過ごすこと。装いやキャラクターイメージに反して、株仲間や、ファンや、友人もいる。若者の恋路を見守ろうと食事会を開いてみるなど、意外にも面倒見のよい人間であったりする。そのような彼の元に、故国アメリカから、30年以上も会っていない父が危篤になったという知らせが届く。

 舞台はニューヨークに移る。旧友のデイビット・バーンのライブに訪れた彼は、本作のタイトルにもなった「THIS MUST BE THE PLACE」(きっとここが帰る場所)を聴いてひとり涙ぐんでしまう。この歌に導かれるように、彼の「帰る場所」へ向かって旅が始まる。

 前半はシャイアンという人間の「現在」が示され、後半はロードムーヴィーとして彼の内面・過去が暴かれ、前半で示された人間像が気持ちよく剥がされていく。とにもかくにも、父親の死をきっかけに、アウシュビッツ収容所を管理していたSS隊員アイロス・ランゲという男を追ってミシガン州、ニューメキシコ州、ユタ州を回り「ナチ残党狩り」をするという、滅茶苦茶な展開に進んでいく。

 シャイアンという人物も、自分探しに至るまでのストーリーも突飛で、「あり得ない」展開であるにもかかわらず、素直に見ることができてしまう。ショーン・ペンは、外見以上に、シャイアンの眼差しや歩き方まで、自分のものにしてしまった。生きたキャラクターが「真実」の感情を剥き出しにして動き出す「リアル」が魅力だ。シャイアンというひとりの人間の存在を信じるようになってしまう。そして、パオロ・ソレンティーノ監督は、奇抜な人物・物語を見せながらも、人間同士のシンプルな交わりを描いており、心地よく温かな気持ちになることができる。シャイアンの旅を見守りながら、私たちも自らの「帰りたい場所」に想いを馳せる。

(日本大学芸術学部 映画学科4年 清水馨)

『きっと ここが帰る場所』

(パオロ・ソレンティーノ監督/2011年/イタリア=フランス=アイルランド合作/119分/提供:スターサンズ、セテラ・インターナショナル、ミッドシップ/宣伝協力:ミラクルヴォイス/配給:スターサンズ、セテラ・インターナショナル)

6月30日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネマライズ他全国ロードショー

(C) 2011 Indigo Film, Lucky Red, Medusa Film, ARP ,France 2 Cinema, Element Pictures. All Rights reserved.

 公式サイトはこちら

カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:くらし・生活 / 映画 / 人生 / ロード・ムービー / 清水馨

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