エッセイ

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<女たちの韓流・32>「manny(マニー)-ママが恋したベビーシッター」 山下英愛

2012.09.05 Wed

 ケーブルテレビのtvNで放映されたドラマ「manny(マニー)-ママが恋したベビーシッター」(全16話、2011)は、二人の子どもを抱えて離婚した女性と男性ベビーシッターが、子育てと恋をめぐって繰り広げるラブコメディである。マニーとは、“man”と“nanny”の合成語で、男性ベビーシッターのこと。ハリウッドスターやニューヨークの上流層の女性たちがマニーを雇うという話は有名だ。数年前、韓国で放映された米国のシットコム番組「フレンズ」のシーズン9にも男性ベビーシッター(a male nanny)が登場するエピソードがあり、制作陣はそこからヒントを得たという。現実の韓国では稀有な存在である男性ベビーシッターを題材にしたことで、若い女性たちを中心に人気を集めた。

離婚したシングルマザーの悩み

 主人公のソ・ドヨン(俳優、チェ・ジョンユン)は30代半ばの子連れバツイチ女性。江南地域の富裕層の主婦たちを相手にファッション関係の小さな店を開いている。姉のジェニスは一流のファッションモデル出身で、モデルのエイジェンシーを構えて裕福に暮らしている。そのおかげで、ドヨンは離婚後、姉の家に住み、ショップも構えることができた。そんなドヨンにとっての悩みの種は、幼稚園と小学校に通う娘と息子の世話。これまで雇ったベビーシッターたちは、反抗的な娘の悪さに耐えきれず、ことごとく辞めていく始末。職住が近接しているとはいえ、誰の手も借りずに仕事と家事育児を両立させるのは至難の業だ。

 そんな時、ソウルにキム・イハン(ソ・ジソク)がやって来る。イハンは在米韓国人のニューヨーカーだ。アイビーリーグの大学で児童心理学を専攻し、調理師の資格も持つ。米国で一流のマニーとして成功し、彼の著書が韓国で翻訳出版されたのを機にソウルを短期訪問したのだった。ところが、米国で巻き込まれた事件の処理がこじれ、否応なくソウルに滞在することになる。迷子になったドヨンの息子と偶然知り合ったことが縁となり、イハンはドヨンの子どもたちのマニーを引き受けた。

男性ベビーシッター

 こうしてイハンは、ドヨン母子が住むジェニスの家で住み込みのベビーシッターを始めた。最初の課題は、二人の子どもたち、とりわけわがままで反抗的な娘のウンジを手なづけること。ウンジはイハンを家から追い出そうとあれこれ企むが、さすがにそこはプロ。イハンの方がはるかに上手だ。「出て行け!」と言い張るウンジに、イハンはなぞなぞを出し、正解がわかったら出ていくと約束する。そのなぞなぞがちょっと面白い。「亀と兎が競争して亀が勝った。負けて悔しい兎が再試合を申し出てもう一度競争したが、やはり結果は同じで、亀が勝った。なぜか?」というもの。ドラマの終盤、ウンジは少し成長し、その答えに気がつく。ちなみに私は最後まで答えがわからず歯ぎしりした。

対照的な姉妹

 シングルのイケメンマニーが暮らし始めたことで、ドヨンと姉のジェニス(ピョン・ジョンス)にはイハンに対する微妙な感情が芽生える。ジェニスは今時の韓国で羨望される“ゴールドミス”である。一流のファッションモデルとして自信にあふれ、高収入もある身。そんじょそこらの男など歯牙にもかけない女性である。何か問題にぶち当たると、「私はジェニスよ!」と言って自らに気合を入れて、困難を乗り切るパワーも持っている。そんな彼女は当初、ベビーシッターを職業とするイハンが気に食わなかったが、彼女が危機に遭遇した際、イハンが体を張って助けてくれたことがきっかけで好きになってしまう。そうなるとジェニスは自分から先にイハンに告白し、いきなりキス攻めにする積極さを見せる。

 片やドヨンは、同じ姉妹とは思えないほど自信がなく、頼りない。姉よりも前にイハンを好きになるが、先を越されてショックを受ける。また、子育てに問題が起きるとただオロオロするばかりで、適切に判断し行動することができない。そんなドヨンの心配を次々と解決するイハンは、子どもたちの健康によい食べ物を作るために、買い物や料理もさっさとこなす。その上、モデルと言ってもおかしくないほどハンサムで体格もいい。ドヨンはすっかりイハンの虜になってしまう。そしてイハンも、雇用主とは絶対恋愛しないというルールを自分に課していたにも拘わらず、いつしかドヨンに惹かれてゆく。

育児のノウハウ

 ところで、このドラマの特徴は、実際に子育て中の人々にとって役立ちそうな情報が多く含まれていることだろう。ドラマの中では、親の離婚を経験した子どもたちにありがちな心の問題や、思春期の子どもとのトラブルなどを素材にしている。それらの問題に対処するイハンの姿を通して、視聴者が育児法を学べるようになっているのだ。また、ドラマの後で「育児のノウハウ」というコーナーがあり、子どものうつ病や夢遊病、偏食、兄弟喧嘩の際の対応の仕方などについて、イハンが適切な方法を教えてくれる。若いお母さんたちにとっては、ドラマも楽しみ、育児の知識も得られるというわけだ。

俳優たち

 マニー役を演じたソ・ジソク(1981~)は、このドラマが成功したおかげで人気が高まった。日本では、彼の出演作である「19歳の純情」(2006年)、「産婦人科」(2010年)、「グロリア」(2010年)などが放映されて知名度を上げてきた。そこに、「マニー」の役柄が当たってさらに人気が上昇し、ついに日本での活動を本格化させた。最近、公式ファンクラブが結成されたのをはじめ、近々歌手としてもデビューすることになっている。一方、ドヨン役のチェ・ジョンユン(1977~)は、このドラマに出演した後で、某財閥の御曹司と結婚して話題になった。だが、その結婚式が超豪華に行われたこともあり、一部からは“贅沢の度が過ぎる”との批判の声も上がった。

 というのも、彼女の婚家が経営するイーランドグループは、2007年に系列会社のホームエバー(大型スーパー)で働く非正規職の女性従業員たちを大量解雇し、社会的物議を醸したからだ。低賃金のパートタイマーを切り捨てて、自分たちはたった数時間のイベントに贅沢三枚をするのだから、世間の視線が暖かいはずがない。この大量解雇事件では女性たちも黙ってはいなかった。約500人の女性労働者たちは、会社側に抗議してスーパーのレジを占拠し、ストライキを決行したのである。当初1泊2日の予定だったこのストライキは、延々510日間に及んだ。しかも、この女性たちの闘いはドキュメンタリー「外泊」(監督:キム・ミレ、2009年)として紹介され、国際的にも知れ渡ったのである。

 だから、“チェ・ジョンユンがイーランドの嫁になる”とのマスコミ報道(昨年秋)に接して、この事件を思い出した人は少なくなかったはずである。その上、チェ・ジョンユンが結婚式で頭に着けたティアラが数億ウォンだの、ウェディングドレスはスペインの職人による手作りだの、式場は超豪華な空間だなどとの報道に接して頭から湯気が昇るのも無理はないだろう。ちなみにチェ・ジョンユンは結婚後、株を上げ、「烏鵲橋の兄弟たち」(KBS)、「天使の選択」(MBC)に出演するなど、演技者としてかつてなく活躍している。

 最後に蛇足を一つ。最近訪れた米国で、写真(右)のような週刊誌(『ニューヨーカー』2012年5月7日付)の表紙(絵Chris Ware)を偶然目にした。「母の日」と名付けられたこの絵には、何気ない公園の光景が描かれている。よく見ると、一人の女性を除いて、子守をしているのはすべて男性たちである。この絵の意図は他のところにあるのかも知れないが、私たちの周囲の公園の光景と比べてみると案外面白いだろう。

<写真出典>

http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=hoafeel&logNo=90110467128

http://stoo.asiae.co.kr/news/stview.htm?idxno=2011042717422037077&sc1=entertainment&sc2=total&sc3=closeup&sk=%C3%D6%C1%A4%C0%B1

http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=gramm_pr&logNo=50112615617&categoryNo=13&viewDate=&currentPage=1&listtype=0

http://joynews.inews24.com/php/news_view.php?g_serial=569382&g_menu=700210

http://blog.jinbo.net/CINA/1228

http://www.newyorker.com/online/blogs/culture/2012/04/mothers-day-the-women-cover-artists-of-the-new-yorker.html#slide_ss_0=1

カテゴリー:女たちの韓流

タグ:ドラマ / 韓流 / 山下英愛