2012.09.24 Mon
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.「鉄の女」といえばマーガレット・サッチャー。1925年生まれの現在86歳。認知症にかかっていることを、娘が回想録で明かした。
そのサッチャーの現在と過去とをおりまぜた一代記をメリル・ストリープが演じる。認知症とはいえ、存命中の政治家の伝記をこんな風にフィクション仕立てにしてしまってもいいんだろうか。と思うが、最高権力者であれ、王族であれ、映画にしてしまうのが英国という国の流儀なのだろう。
アカデミー賞女優のストリープ(62歳)がう、うまい!保守系政治家風のださいファッションを身につけ、50代の現役政治家から80代の老女までの変身ぶり。実録ものだから当然のように、当時のドキュメンタリーの映像や報道写真、肖像などが次から次に出てくるが、そのどれもがメリル・ストリープの顔に入れ替えられている。見ているうちに、サッチャーってこういう顔だっけ、と思えてくるほどだ。歴史はこうやって偽造される(笑)。
サッチャリズムの異名をとった保守革命を領導し、危機にあったイギリス経済を立て直し、貧乏人と女性を切り捨てたために国民から不平と反感を買った。女がトップに立っても女のための政治をしてくれるとは限らないとイギリスのフェミニストは骨の随まで学んでいるから、アメリカ人みたいに女性大統領候補に期待したりしない。
ネオリベ改革を推進したせいで国民にはおそろしく不人気だったが、イギリス経済の救世主として「イギリス病」の英国を延命させた。彼女の政治的業績を功罪共に歴史的に評価してもよい頃だが、つっこみは浅い。脚本は妻として母としての側面を、メロドラマ仕立てにする。
フォークランド紛争のときには、南太平洋の小島の主権を守るために無益な派兵をして英国兵士の犠牲者を出した。彼女は「国威」を守ろうとしたのだろうが、女であるゆえに男以上に「男らしい」決断に迫られたことが伝わる。下層階級出身の女性政治家…だからこそ「なめられてたまるか」と必要以上に強気に出てしまう。女性政治家のアイロニーが痛い。
在任期間11年。英国近代史のなかの強いリーダーのひとりだが、サッチャーは、チャーチルのように愛される政治的指導者として回顧されることはないだろう。権力の座から去った元権力者はタダのひと。それも認知症のある老婆に最後に残されるのは家族だけ。
あのひとの人生はいったいなんだったのだろう…と余韻を残すのが監督とシナリオの意図だったのかもれない。
初出掲載:クロワッサン プレミアム 2012年5月号 マガジンハウス社
カテゴリー:新作映画評・エッセイ