2012.12.05 Wed
前回の「レディプレジデント」が、ややファンタジーに近い大統領像を描いたとすれば、今回ご紹介する「プレジデント」(全20話)は、より現実味のある政治ドラマだと言えるだろう。原作は、日本の漫画「イーグル」(かわぐちかいじ作『ビッグコミック』連載1998-2001)である。日系人が初めて米国の大統領になる物語で、韓国でも2001年に翻訳出版された。
ドラマの方は、共存と和合による新しい国作りを夢見る若き政治家チャン・イルチュンが主人公である。彼が与党“新しい波、未来党”の党内選挙を勝ち抜き、本選で野党候補を下して大統領になるまでを描く。党内選挙の過程でライバル候補たちとの間に繰り広げる熾烈な闘いの様子が実にリアルに描かれている。脚本を担当した三人の内の一人は、国会議員の補佐官を10年間務めた経験があるそうだ。また、チャン・イルジュンを演じたチェ・スジョン(崔秀宗1962~)と、妻のチョ・ソヒを演じたハ・ヒラ(夏希羅1969~)は実際にも夫婦であり、この二人の演技を見るのも興味深い。視聴率は低調だったが、とても見応えのあるドラマである。
それぞれの夢
軍事政権下の80年代に大学生だったチャン・イルチュンは、民主化を求めて学生運動に参加した。北の兄弟スパイ事件としてでっちあげられ、兄は死刑になった。イルチュンは出所後放浪し、“大統領になってこの国を変えたい”という夢を持っていた兄の遺志を継ごうと決心する。政治を学ぼうと留学したドイツで、同じく留学に来ていたテイルグループの娘であるチョ・ソヒと出会う。政治家への志を理解してくれたソヒと結婚し、彼女の物心両面の支援と協力を得て、政治家の道を順調に歩いてきた。
その昔イルチュンには、放浪中に出会って愛し合ったユ・ジョンヘという女性がいた。政治を志すようになり別れたものの、ジョンへとの思い出を、胸の奥にしまっていた。別れた後、ジョンへと再会することはなかったが、彼女が自分の子どもを産み育ててきたことは知っていた。選挙戦に突入する前に唯一気がかりだったのが、この女性と息子のことだった。そのことを側近のイ・チスに告げた直後、ジョンへがガス漏れ事故で死んだことを知る。イルチュンはジョンへの息子ユ・ミンギ(ジェイ1983~)を守るため選挙キャンプに呼び寄せ、自分が父親であることを告げる。そして映像作家のミンギに、「息子のお前には父親のすべてを知る権利がある」と、密着取材することをすすめる。
一方、妻のチョ・ソヒは大学の独文科の教授である。夫の同伴者として、政治的野心を持つ夫を誰よりも理解し、積極的に支えてきた。いよいよイルチュンが大統領選挙に臨むにあたり、夫には内緒で実家から巨額の資金を援助してもらう。イルチュンと自分を光と影に例え、選挙戦に勝つために何でもする覚悟だったのだ。夫のピンチを救うためなら、相手が誰であろうと自ら出向いて直談版する度胸と実行力を持っている。だが、違法なことにも手を染めるソヒは、しばしばイルチュンとぶつかり合う。
ミンギがイルチュンの息子であることを知ってからは、夫に対する信頼が揺らぐ。片やイルチュンも、ジョンへの事故死がソヒの仕業ではないかと疑うようになり、二人の亀裂は次第に深まってゆく。それでも、ソヒはイルチュンに対する愛情を失わず、夫に対して率直に意思疎通を図ることで危機を乗り越えようとする。討論会で、“大統領の妻としてあるべき姿は?”との問いに、「私は夫と対等に討論し助言する」と堂々と言ってのける。内助というよりも同志的な関係である。
“一本化”の駆け引き
大統領候補を決める党内選挙は、全国の主要都市を巡って党員らによる選挙を行い、その累積票数が最も多かった候補が最終候補に選ばれるという仕組みである。最有力候補は総理を務めたキム・ギョンモ(ホン・ヨソプ1955~)。学者出身でクリーンなイメージがあり、断然トップを走っている。次が検察総長出身のシン・ヒジュ(キム・ジョンナン1971~)で、女性である。政界の不正や汚職を無くすために政治の世界に飛び込んだ。三人目は、長年国会議員を務めてきたパク・ウルソプ。悪徳政治家の象徴のような人物である。そして最後がチャン・イルチュンで、彼はまだ若く、知名度も経験も浅い。客観的に見て、とても勝てる見込みはない。
トップを行くキム・ギョンモを追い落とすために使われるのが候補一本化の戦略である。各地で選挙が進む中、イルチュンは密かにシン・ヒジュとの一本化を模索する。互いに法と原則にのっとって汚職を許さない政治を目指しているという信念が一致するからだ。だが、一本化の過程は実にハラハラさせられる。例えば、一本化のルールと時期について合意した後、思ってもいなかったことが起こる。シン・ヒジュがイルチュンとの一本化に勝つために、よりによってパク・ウルソプと一本化してしまうのだ。また、チャン・イルチュンとの一騎打ちを避けようとしたキム・ギョンモは、自分の支持票を密かにシン・ヒジュに流したりもする。
側近たちの暗躍
パク・ウルソプ以外の候補者たちは、相手候補に対するネガティブ宣伝などはしないという信条をもっているが、それぞれの側近たちは候補の知らないところでいろんな悪さをする。側近の中で最も悪辣なのがキム・ギョンモ候補の参謀であるペク・チャンギ(キム・ギュチョル)である。勝つためにイルチュンの部屋に盗聴器をしかけたり、相手方の選挙参謀を金で釣って情報を引き出したりする。最終的に僅少差でチャン・イルチュンに敗れたキム・ギョンモに対して「選挙は戦場で生きるか死ぬかの戦いと同じなのに、あなたには熾烈さがなかった」と言う場面が印象的だ。
このペク・チャンギを演じるキム・ギュチョル(金圭鐵1960~)は、私がこのドラマで最も印象に残った俳優である。彼はイム・グォンテク(林権澤)監督の映画「西便制」(風の丘を越えて/1993)で、主人公ソンファの弟役を演じた人である。この役で、韓国映画の祭典ともいえる大鐘賞の新人賞を受賞した。気の弱い善人から悪役まで、なんでもこなせる俳優中の俳優である。
この他、イルチュンの参謀イ・チス役を演じたカン・シニル(1960~)と、悪徳国会議員パク・ウルソプを演じたイ・ギヨル(李基列1955~)の演技も光っている。演劇畑で20年の経歴を持つカン・シニルは、2007年に肝臓がんの手術を受けたという。その後、ライフスタイルを変えて体力を養い、このドラマに出演することができた。現在も旺盛な演技活動を行っている。それに比べて、チャン・イルチュンの息子役で出演したソンミン(1986~:スーパージュニアのメンバー)など、若手の演技は正直なところ見劣りがする。
夢の実現か、正義を守ることか
このドラマのハイライトは、チャン・イルチュンが与党の大統領候補に確定した後に訪れる。党の最終候補に決まって、さあこれから本選という時に、テイルグループから巨額の資金がチャン・イルチュンのキャンプに流れていたことが新聞にスクープされるのだ。チャン・イルチュンに恨みをもった大統領が、テイルグループに圧力をかけて資料を流出させたのだった。この資金は妻のソヒがテイルの会長である兄に頼んだことで、チャン・イルチュンには知らされていなかった。
参謀たちが、この危機を打開するために大統領の圧力を暴露すべきだと主張する中、イルチュンは不正資金を受け取った事実を認める声明を発表しようとする。たとえそのことで候補を辞めざるを得なくなっても、国民に嘘はつきたくない、と思ったのである。だが、イルチュンが国民に真実を語ることすら、そう簡単には許されない。大統領になってこの国の政治と社会を変えたいというイルチュンの夢は、彼だけの夢ではなく、とりわけ軍事政権時代に虐げられた人々の夢でもあったのだ。国民に向かって真実を語ろうとした瞬間、イルチュンは銃弾に撃たれて倒れる。それによって起死回生をはたすのである。
遥かなるコリアン・ドリーム
2012年11月23日、韓国の新しい政治を望む人々の期待を一身に受けた無所属のアン・チョルス(安哲秀1962~)候補が、突然、候補を辞退すると表明した。同月6日に民主統合党のムン・ジェイン候補と二者会談を行い、候補の公式登録日である25日までに一本化することを約束してから17日目のことである。
与党パク・クネ候補に勝つためには、野党側のムン氏とアン氏が一本化するしかない状況の中で、どのように一本化するのか、という方法論がこの間の最大の課題だった。キャンプ間の協議は難航したが、交渉を重ねた結果、世論調査方式を採ることになった。だが、どのような設問を立てるかで意見が対立した。アン候補側は、与党候補に勝つ可能性のある候補を選ぶことを重視し、“支持率”調査をしようと提案したのに対して、ムン候補側は、どちらが野党圏の候補に相応しいかを問う“適合度”調査をしようと主張したのである。
候補登録日までに世論調査で最終候補を選ぶためには、遅くとも23日中には一本化の方法を決める必要があった。だが、再三の協議にも拘わらず、双方の意見はまとまらなかった。その日、多くの人々が、刻一刻と伝えられる両キャンプの動向を、かたずをのんで見守った。午前中、急きょ設けられた候補者の二者会談が何の成果もないまま終わった後、さらに各陣営から全権を委任された代表者による二者協議が始まった。数時間にわたったこの話し合いが決裂したと伝えられた二時間後、アン・チョルス氏が「国民との約束を守るために、候補を辞退する」と発表したのだった。
真相はどうであれ、形としては最大野党を背後に控えたムン・ジェイン氏が、アン・チョルス氏に譲歩を強いるものとなった。最悪の一本化である。アン氏の記者会見の模様を見ていた私は、ふとアン・チョルス氏が「辞退する」と表明する寸前に、銃弾に撃たれる様を思い描いてみた。もちろん、そんなことが起こってはならないし、実際にも起こらなかった。ただ、アン・チョルス氏に託したコリアン・ドリームは、少し遠のいてしまった。(12月2日)
写真出典
http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=1stomm&logNo=40123187661&redirect=Dlog&widgetTypeCall=true
http://leeesann.tistory.com/1949
カテゴリー:女たちの韓流
慰安婦
貧困・福祉
DV・性暴力・ハラスメント
非婚・結婚・離婚
セクシュアリティ
くらし・生活
身体・健康
リプロ・ヘルス
脱原発
女性政策
憲法・平和
高齢社会
子育て・教育
性表現
LGBT
最終講義
博士論文
研究助成・公募
アート情報
女性運動・グループ
フェミニストカウンセリング
弁護士
女性センター
セレクトニュース
マスコミが騒がないニュース
女の本屋
ブックトーク
シネマラウンジ
ミニコミ図書館
エッセイ
WAN基金
お助け情報
WANマーケット
女と政治をつなぐ
Worldwide WAN
わいわいWAN
女性学講座
上野研究室
原発ゼロの道
動画






