2012.12.21 Fri
28歳のフランス人女性監督レア・フェネールの初長編『愛について、ある土曜日の面会室』が東京で公開された。移動劇団に生まれ育ちフランス国立映画学校を優秀な成績で卒業した異色の経歴の持ち主だ。本作でも名だたる俳優陣から真の人間的感情を引き出す演出力をみせている。
舞台は南仏マルセイユ。季節は冬。南仏とは思えないほど寒々しい光景が続く。冒頭、とある刑務 所の前で子連れの女が泣き叫んでいる。「私を助けて。夫が連行されたの」周りにはそれぞれに事情を抱えた面会人が集まるが誰も声をかけない。
他者を助ける余裕のないほどに疲れきった人々―現代社会の縮図ともいえる冒頭の光景はラスト直前、再び繰り返されるが、そこには新たな展開が待ち受ける。新人監督の社会と人間に向けるまなざしはおそろしいほど冷徹で偉大な監督ブレッソンを思わせる。
冒頭とラストにはさまれた間には、しかし、三つの、きわめて濃厚で人間的なドラマが互いに無関係なままに同時進行する。それぞれ主人公をあげるなら、ロシアからの不法移民青年に恋した少女、息子が殺された知らせを受けフランスにやってきたアルジェリアの母、仕事も人生も行きづまった30代半ばのおそらくは移民二世の男性だ。
彼らの人生はやがて表題どおり、ある土曜日、刑務所内の面会室という特殊な空間で交錯する。とはいえ、ありきたりの映画のような大団円には向かわず、彼らは互いを知ることなく、やがてそれぞれの人生へ帰ってゆくのだが。
三つのドラマに共通するのは、「他者」との思わぬ出会いがもたらす感情の揺れだ。無邪気な愛が困惑から失望へと変わる時の少女の表情。息子を殺された母の絶望が加害者の姉の苦悩を知って次第に変化するさま。加害者の青年と面会室で会った時の怒りをたたえた目。優柔不断だった男が決定的選択を実行に移す瞬間の表情―さまざまな人間の深い感情の推移を役者の表情を通して味わうことができる。
それらの表情を崇高とさえ感じるのは、それが他者との真に人間的な交流から生まれたものと信じられるからだろう。
移民、貧困、若者の失業、弱者の生きにくさといった社会問題を背景に、現代フランスの暗部を叙事詩のごとき人間ドラマに紡ぎあげた女性監督の出現に戦慄をおぼえる。
(川口恵子・映画評論家)
愛媛新聞「四季録」掲載記事より転載◆2012年12月18日付「他者との真の交流描く」 転載許可番号 G20130101-01079
12月15日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー!
予告はこちらから見られます→yokoku
カテゴリー:新作映画評・エッセイ
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