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『フェア・ゲーム』アンフェアな国家の陰謀と闘う女スパイ。実話が衝撃のエンタメに。 上野千鶴子

2013.05.06 Mon

メインアジアでアフリカで中近東で、活躍するCIAの女スパイ。美人で行動力があって策略に長けていて、怖れ知らず。ひゃーかっこいー!と思うところだが、もし彼女があなたの家族なら、どうする?外交官を夫に持つ2児の母、夫もその仕事の内容を知らされないCIAの職員、ヴァレリーを、実生活でも母親になったナオミ・ワッツが演じている。

 時はイラク戦争直前。ブッシュ政権は開戦の口実のために、サダム・フセインが「大量破壊兵器」を持っている証拠を求めていた。大統領の使命を受けたCIAは証拠探しにのりだすが、探しても探してもないものはみつからない。求める情報を得られない政権はいらだち、ありとあらゆるこじつけを捏造しようとする。

 ショーン・ペン演じるアフリカのニジェール大使だった夫が、ブッシュの不正を暴き立てる。敵はホワイトハウスだ。正義感だけでは勝てない。その気になれば権力はだれでもひねりつぶすことができる。脅迫は家族に及び、子どもの母であるヴァレリーは、夫に闘うのを止めてほしいと懇願する。

 CIAは大統領に迎合する主流派とその反対派とに割れる。主流派はヴァレリーをかっこうの餌食にして、メディアに投げ与える。いわくCIAの女スパイである妻が夫を動かして反アメリカ工作を企んでいるのだ、と。そのために法律で公開を禁じられているCIA職員の身元をリークする。

 メディアは一挙に夫の反政府発言の信憑性を疑い、周囲は夫妻を孤立に追い込む。どんな苦境にも音を上げない自信のあったヴァレリーの自負が、はじめてゆらぐ。

 どこかで聞いた話だと思ったら、実話だった。CIA職員の身元をリークして、情報の信憑性を堀り崩そうとした政府高官が、ブッシュ政権にいたっけ。そのスケープゴートになったのがこの女性職員だった。フェア・ゲームとは攻撃の標的となるもってこいのカモの意味。まったくもってアンフェアなゲームだ。

 似たような話を聞いた覚えがある、と思ったら沖縄返還密約漏洩事件だった。外務省職員の女性が新聞記者に機密情報の外電を提供した。「情を通じて」とメディアが書き立てたものだから、密約が真実かどうかはどこかにふっとんでしまった。

 息つぐまもないスピーディな展開。俳優の熱演。権力とメディアの不条理。そして実話の持つ迫力。前政権とはいえ権力批判をあからさまにした近過去のスキャンダルを、エンタメに仕立ててしまうアメリカ映画界の底力。

初出掲載:クロワッサンプレミアム 2011年12月号 マガジンハウス社

カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:映画 / 上野千鶴子 / 女とアート