2013.05.30 Thu
もう何年も前のことだが、しまなみ海道を自転車で途中まで渡ったことがある。 季節は風かぐわしい五月。明るい陽光のさす中、自転車で海の上を走るのはとても気持ちがよくて、どこまでも走っていける気がした。
自転車というのは本当に人の気持ちを自由にさせるもので、それだけに、世界中の映画で使われてきた。
一番初々しいのはフランソワ・トリュフォー監督の短篇処女作「あこがれ」。季節は初夏。みずみずしいワンピース姿の女性が気持ちよさそうに自転車をこぎ、風でふわりとスカートがふくらんだりするのだ。
そういえばユーチューブで見たことがあるが、日本の戦後世代を代表する「青い山脈」でも自転車シーンが印象的。若い男女の一群が自然の中を思いきり爽快に自転車を走らせ、戦後の開放感を弾けさせる。
以前、アジア・フォーカス福岡映画祭で見た中国映画「北京の自転車」では、山西省の田舎から北京に出稼ぎにやってきた青年が宅配業につきマウンテンバイクで北京の大通りを疾走するところがすばらしかった。
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昨年のカンヌ国際映画祭グランプリ受賞作ベルギー映画「少年と自転車」では、児童養護施設に預けられた少年が、父親に買ってもらった自転車をとても大事にしている。実はその自転車は、金に困った父親が売り払ってしまったのだが、ひょんなことから知り合った若い女性が買い戻してやるのだ。女性はやがて養育義務を放棄した父親に代わり、少年の里親となる。
里親や養子制度が根づいていない日本人には理解されにくい設定だが、テーマは親に見捨てられた少年の孤独だ。それが、自転車に対する執着となって表れている。
経済危機で多くの失業者を出した故郷の荒廃をまのあたりにしたことが創作の原点と語るダルデンヌ兄弟の映画は、常に弱者に目をむけてきた。特にすさんだ青少年が立ち直る姿を描いて定評がある。本作でも、少年に注ぐ視線はわが子の成長を見守る親のようだ。彼ら自身も養子を育てているという。
ラスト、少年は自分の存在をまるごと引き受けてくれた女性とサイクリングをする。道端で休憩した二人はありあわせのサンドイッチで昼をすませる。そんなささやかな幸福感―。
初出: 愛媛新聞「四季録」 2012年5月15日付13ページ「少年と自転車」
(転載許可番号 G20130601-01199)
カテゴリー:新作映画評・エッセイ