2013.08.11 Sun
「人生の最も完璧な時に達した女たちの顔は、二度とはない美しさに輝き、その体は優美さと力強さに満ちている。その年のジュリアがまさにそうだった―」
劇作家リリアン・ヘルマンの自伝的小説を映画化した米映画『ジュリア』(1977)でヘルマンにかくもに美しく回顧された反ファシズムの女闘志を演じ、その後も数々の映画で知的で渋い大人の英国女性を演じてきたヴァネッサ・レッドグレイヴが労働者階級の老妻役を演じる!それだけでも彼女のファンなら見るに値する映画だとは思うが、どちらかというと映画『アンコール!!』の主人公は、途中で静かに亡くなる老妻ではなく、テレンス・スタンプ演じる無口で頑固な夫の方である。彼は素直に感情表現できないイギリス人男性の典型的人物。英語でいわゆる”cold fish”(変人)といわれるタイプの人間だ。映画の中でも、病身の妻が生きがいを見出しているコミュニティ・センターのシニア合唱団(その名も「年金ズ」!)の温かい人間関係に背を向ける。1人息子ともソリがあわず、妻の死後も、これからは会わないほうがいいと冷淡にいってのける。女性に優しく丁寧なマナーを重んじる英国紳士―といったイメージとはまるで異なる、労働者階級のカワイクない男だ。そんな男がただ一度、妻にだけは心を開き、家のソファで共に静かに並んで最後の時を過ごすシーンがいい。
そして、映画は定石どおり、この武骨で頑固な男がやがて亡き妻の合唱団に参加し、共にコンクール目指してクールに頑張るという展開をたどる。コンクール用に彼らが選んだ曲がチャーミングだ。”Let’s Talk About Sex(セックスの話をしよう)”。シニア合唱団だからといって地味な歌である必要はないとばかり、彼らは往年のロック魂をみせていく。そういえばこの世代、かつて世の中の転覆をはかった「怒れる若者たち」の世代だったのだな、と見ていて思い出す仕掛け。正統派合唱団が脚光を浴びるコンクールでドレスダウンした彼らが見せる意地は、明らかにその系譜を受け継ぐものだ。とんがってた部分がとれて、少々丸っこくコミカルではあるけれど。ただ一人、テレンス・スタンプ演じる武骨な男が静かに「怒れる若者たち」のその後路線を保っている、のかもしれない。
全体にアメリカ映画ほどにセンチメンタルではないが、近年国際的評価の高いマイク・リー監督の映画ほど乾いてもいない。英国映画ならではの皮肉やアイロニーもほとんどない。適度にほろりとさせつつ、労働者階級の善男善女を好意的に描く。父と息子の和解もまっている。それでも最後は、息子や孫との抱擁場面などではおわらず、老いた男が一人、ひっそりと(あ、ここからネタばれですが、いいですね)かつて病身の妻の寝床をあたためていた湯たんぽを傍らにおき、ベッドに入る場面で終わる。歌を介して、人生を再び高らかに謳歌しようというのではない。いつもどおり家に帰れば冷えた現実が待ちうけていることにかわりはないのだ。このリアルな感じは明らかに英国的。人生に対する現実主義的なまなざしが、この映画を英国映画たらしめている。米俳優ダスティン・ホフマンが初めてメガホンをとった英国映画『カルテット!―人生のオペラハウス!』と見比べてみるのも面白いだろう。
妻を看取った後、深い喪失感と孤独に苦しめられていた祖父の姿から着想を得たポール・アンドリュー・ウィリアムズ監督のオリジナル脚本。
(『女性情報』7月号より転載)
6/28(金)TOHOシネマズシャンテ、7/5(金)全国公開
(C)Steel Mill (Marion Distribution) Limited 2012 All Rights Reserved.
■配給:アスミック・エース
2012年トロント国際映画祭クロージング作品、
2012年英国インディペンデント映画賞脚本賞、主演男優賞、助演女優賞ノミネート
出演:テレンス・スタンプ『ワルキューレ』/ヴァネッサ・レッドグレイヴ『ジュリエットからの手紙』/ジェマ・アータートン『007 慰めの報酬』/クリストファー・エクルストン『G.Iジョー』他
脚本・監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ 主題歌:セリーヌ・ディオン『タイタニック』
2012年イギリス/カラー/94分/スコープサイズ/ドルビーデジタル/日本語字幕:加藤リツ子
カテゴリー:新作映画評・エッセイ