エッセイ

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オンナも変わる男性学  勝海志のぶ(シカゴ在住)

2013.11.12 Tue

 筆者が新卒として90年代の始めに入社した頃は、セクハラは当たり前、「女は家にいてガキでも生んでりゃ、いいんだ!」と吐き捨てるように言われていた時代でした。「男社会」の典型的なモデルです。

 このようなジェンダーバイアスは、「男社会」だから仕方なく受け入れるしかなかったのでしょうが、そもそも「男社会」と画一的に区別してきたことが正しかったのでしょうか。男性学を学んでいくにつれて、「男社会」「とにかく男というものは」という固定観念が揺らぎ始めました。

 男性学の概念である、hegemonic masculinity(パワーで他者を抑圧しようとする権威主義)と、subordinate masculinities(従属する男性性)を意識して企業文化を紐解くと、「男社会」は全男性が構成しているわけではなかったことがわかります。結局、subordinate masculinities派は、高圧的な支配主義のhegemonic masculinity派には頭が上がらない。しかも、hegemonic masculinity派は声が大きく集団で勝負してくるので、subordinate masculinities派は小さくなっているしかなかったわけです。

 高度成長期の日本では、そうしたパワー主義の男性性の支配を“当然”として、ジェンダーバイアスを正当化してしまいました。つまり、シングルインカムが当たり前でリストラに怯えることもなかった時代は、多様性を享受しないhegemonic masculinity派の価値観こそが規範だとして、都合のいい社会を構築していきました。そのような時代の中で育まれたhegemonic masculinityをベースとする日本の企業文化は、女性の台頭など論外。男女は平等ではないという発想から成り立っています。

 それが、景気の低迷やソーシャルメディアの発達によって、男性性にも異変が生じてきました。subordinate masculinities派の存在が社会に浸透し始め、グローバル化に晒されたことで、日本男性の男性性が「幼稚で保守的」と相対的に評価され始めました。これが、日本男性の生き方に、大きく影響を及ぼしたのです。

 日本の男性性の変化は海外でも注目されていて、子育てに対する男性の姿勢と、家庭における伴侶との関係性が変わってきたという研究結果が発表されています。(参考資料:Gender Society 2005; 19; 829;R. W. Connell and James W. Messerschmidt;Hegemonic Masculinity: Rethinking the Concept)。

 もともと、日本の男社会は“パワー志向”の男性たちに牛耳られていただけだった! 
これから、男性性の多様性が浮き彫りになる中で、それが“パワー好き”の男性性とどう折り合いをつけ、女性の活躍にどう影響してくるのかが興味深いところです。

 最近、男性の保育士が増加傾向にあり、保育の場に新風を吹き込んでいるという新聞の記事を読みました。保育は女性の領域という、旧い価値観が変わりつつあります。

 “平等”とは何か。男女平等これまでの旧態依然としたジェンダーバイアスを払拭して、バランスのよい、新しい男女共存のあり方をどうするか—–男性学を追究していくと新しい発見があります。「変わりゆく男性性」が、日本人の新陳代謝をうながし始めたといえるのではないでしょうか。

カテゴリー:投稿エッセイ

タグ:女性学 / 男性学 / ジェンダー研究 / 勝海志のぶ