シネマラウンジ

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坂上香監督の“トークバック”製作ノート(9)

2013.12.19 Thu

坂上香監督の“トークバック”製作ノート(9)

 

奇跡

                                 坂上 香(ドキュメンタリー映画監督)

あなたは卒業する。

治療者、糸をつむぐ人、歌手、ヴァイオリン奏者、

詩人、ドラァグクィーン、少女たちから構成されるサークルは、

音楽の波形、

または道に注ぐ太陽の光のように、

動めいている。

 

あなたは、沈黙するために、ここに来たわけではない。

 

                     ジャニス・ミリキタニ(詩人)[1]

自作の詩「気がついたの」を演じるソニア photo by Kaori Sakagami

自作の詩「気がついたの」を演じるソニア
photo by Kaori Sakagami

 8年がかりのドキュメンタリー映画「トークバック 沈黙を破る女たち」が12月初旬に完成しました。サンフランシスコの女性短期刑務所で生まれたマージナルな(周縁を生きる)女たちの劇団「メデア・プロジェクト:囚われた女たちの劇場(The Medea Project: Theater for Incarcerated Women) 」に所属する、8人の女性たちの群像劇です。

 今回は、主人公の一人、ソニアという女性についてです。

*****

 2013年7月18日、私は東京のお茶の水駅で、ある女性と会う約束をしていました。マヤという名のアメリカ人で、日系の母親とドイツ系の父親を持つ20代の若者です。3年前にサンフランシスコで、短い取材をさせてもらっただけの彼女が日本に来ていると知り、私のほうから会おうと誘ったのでした。

 お茶の水駅の改札のすぐ外で、マヤは微笑みながら立っていました。陽に焼けた身体にタンクトップとジーンズ、足にはサンダル、背中にはバックパックのラフな出で立ち。かつて南米を放浪していた若い頃の自分を見ているかのようで、無性に懐かしさを覚えました。

 マヤに会ったのは、2010年3月、メデア・プロジェクトの芝居の撮影の最中です。終演後の会場で、ソニアという名のキャストの一人から、マヤを親友だと紹介されたのでした。マヤは、私達が日本から来たと知ると、それまで口にしていた英語から瞬時に日本語に切り替え、完璧な日本語を口にしました。私達がソニアを取材していることも知らなかったようで、そのこと自体に驚いている様子でしたが、ソニアの友人として演劇についての感想を撮影させて欲しいと依頼すると、快くOKしてくれました。

 ソニアの芝居を見るために、LAからサンフランシスコまで飛行機で飛んできたこと。ソニアが舞台に立って、「私はHIV陽性者です」と公に向かって語る姿はまるで奇跡で、言葉を失ったこと。ソニアの堂々とした姿に、過去の彼女の姿が重なり、上演中は涙が止まらなかったこと。マヤは顔を紅潮させ、興奮醒めやらぬといった面持ちで、言葉にならない言葉を一生懸命探しあてようとしては飲み込む、という感じでした。

 それから3年経って再会したマヤは、20代半ばとは思えないほど落ち着いていて、同時に好奇心旺盛で知識と行動力に満ちあふれていました。たとえば、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校の大学院に在籍中で、フィールドワークとして夏の間は静岡の茶農園に滞在していること。農作業を通して様々な人との交流をし、食の流通について研究をしていること。震災後の福島も訪れ、人と食の関係がいかに変わったかという意識調査を行っていることなど。

 また、ソニアについても語り合いました。冬には新しい恋人とタイやカンボジアへ旅行に行ったことや、アフリカのマラウィで大学院の研修プログラムに参加している最中で、HIV/AIDS陽性者の女性や子どもの支援をしていることなど。マヤはソニアのことを盛んに褒め、心から尊敬しているようでした。

 話のなかで、マヤがソニアを一方的に支えてきたのではなく、マヤもソニアからインスピレーションや希望をもらってきたのだと気づきました。それぞれの場所でそれぞれの活動をしながら、互いに影響を与え合う、若い二人の友情に深く感じ入りました。この直後、友人を訪ねて千葉に向かうという彼女の後ろ姿を見送りながら、私より二まわりも若いマヤが、とても頼もしく、輝いてみえたのでした。

*****

 ソニアは、日系の母親とインド系の父親を持つアメリカ人です。メデアで出会ったのは、2010年3月の講演の3ヶ月程前のこと。リハーサルで初めて目にした時、まずは、その若い存在自体に驚きました。当時ソニアは23歳。メデアは40歳代から50歳代が中心でしたから、彼女の存在は一際目立ちました。しかも、普段は眼鏡をかけていて、立ち振舞いもテキパキとして優等生的です。演出家のローデッサに指摘される度に考え込み、眉間にしわを寄せるようにして真剣に受け止めようとする姿は、おしゃべりをしたり、課題を忘れてローデッサから怒られる他の参加者たちとは明らかに違いました。

 生まれも育ちもアメリカで、日本語が全く話せないソニア。彼女は日系であることをあまり意識していないようでしたが、それでも何度か行ったことのある日本に関心はあるようで、私がサンフランシスコを訪れるたびに、お茶や夕食に誘ってくれ、日本のことを聞きたがりました。

 彼女の生い立ちは、他のメンバーと明らかに異なりました。マイノリティではあるけれど、虐待や貧困のなかで育ってきた大半のメンバーとは違い、中流階級の家庭で何不自由なく育ち、大学を卒業していました。仕事も、ケースワーカーという専門職で、HIV陽性者の支援をする団体の職員です。

 ただし、HIVに感染したことへの恥の意識や動揺は他の女性たちに負けじ劣らず、強いようでした。告知を受けた当時はまだ21歳の大学生だったのですが、あまりのショックで診察室から一歩も動けず、3時間泣き続けたといいます。しばらくは親にさえ打ち明けられない状態が続き、告知から2年程たった当時でさえ病気について話ができているのは、両親とマヤを含めたごく数名の友人だけでした。

 インタビューの際に彼女のアパートを使わせてもらいたいと頼むと即座にノー。ルームメートらが彼女の病気について知らないから、というのがその理由でした。ルームメートたちの言動を見ていて打ち明けるつもりにはなれないと。この傾向も他の多くの女性と共通していました。

 HIV陽性者と話していていつも感じるのは、彼女/彼らが新しい人に出会ったとき、その相手がHIVという病をどう見ているかということに気を配らざるをえないということです。自分がHIVだと知ると、相手はどういうリアクションをとるだろう。自分はどういう風に見られ、どのような扱いを受けるだろう。他の友人や同僚に洩らして差別を受けるのではないか。家族やパートナーにも差別の弊害が及ぶのではないか。そうした気苦労から、新しい出会いを持てず閉じこもってしまう陽性者も少なくないと聞きます。

 「どのように感染したか」という感染経路については、今回の映画では、とりたてて説明しない方針にしました。観客にとっては不親切に映ることは承知のうえです。被取材者のほうから話を切り出さない限り、私のほうから質問することはしないと決めたのです。マスコミでは今までその部分に過剰に光があてられてきていて、そのことに私自身、疑問を抱いてきました。特に日本では、医療や一般社会において、感染経路によって対応が違うことが多々あります。対応を変えるという行為自体が差別だと本人が気づいていないからでしょう。言わずもがなですが、たとえ違法薬物の注射の打ち回しで感染したとしても、不特定多数の相手と性行為をしたとしても、患者として適切な治療やケアを受ける権利は誰にでもあります。

 ですから、ソニアに対しても取材でもプライベートでも感染経路について私から質問することはありませんでした。インタビューの際に、自ら話題を持ち出す人もいましたが、ソニアの場合は、感染経路どころか感染をめぐる事情(告知以前)について一切触れませんでした。話の大半は社会の差別や偏見に対する憤り、そして演劇にまつわることで、感染については頑に言わないと決めているかのようにも見えました。その頑さやリハーサルでの彼女の様子などから、感染自体や感染したいきさつを受け止めること自体がとても困難なことで、いろいろな意味で時間がかかるだろう思ったのです。

 逆にいうと、そのような状態で、よくインタビューを引受けてくれたと驚きもしました。彼女は他の主人公たち同様、顔も隠さず名前も出していいと合意してくれていました。なかには踏ん切りがつかないからとドタキャンしたり、約束をすっぽかす人もいましたから、ソニアが時間通りに現れ、インタビュー用の椅子に座り、「インタビュー撮影なんて生まれて初めて!ドキドキよ!」と笑いながらも、緊張で顔がこわばっている姿を見て、奇跡だとさえ思いました。

 それから一年程したある日、ソニアのFacebookに突然「ニューヨークに引っ越しました。公衆衛生を学ぶためにコロンビア大学の公衆衛生学博士課程の学生になりました!」というポストが立ったのです。写真からは彼女が大学生活を満喫していることも伺えます。HIV/AIDSの支援について研究を深め、政策の面から携わりたいと思うようになっていたようですが、思ったら即実行するという行動力に驚かされました。

 それからさらに一年半程たった2012年12月1日、私はある取材でカリフォルニア州南部を訪れていました。世界エイズデーのその夜、小さな町のファミレスの大きなモニターにHIV特集番組が流れていました。msnbcという全米ネットワークです。数名の女性たちがテーブルにつき、ホスト役の女性がそれぞれ質問を投げかけていきます。一人の自信に満ちた美しい女性が映し出され、「ソニア・ラストギ Positive Women’s Network」という名前と団体名が字幕で出ていました。

 それが、あのソニアだったことに気づくまでに、しばらく時間がかかりました。バチッとメイクを施し、スーツ姿の彼女は、2年前の彼女とはまるで別人です。むしろ、覚えのある彼女の声や身振りに、ハッと気づいたのでした。

 ソニアは大学院に通いながら、HIV/AIDS陽性の女性たちを支援する全米組織の役員を務め、以前にも増して、積極的かつ多角的に、HIV陽性の女性を支援する活動に関わっていました。彼女は番組で、当事者として、また研究者として、米国の政策が女性陽性者のニーズを把握しきれていないことなどを歯切れよく指摘していました。

 ソニアは、HIVの感染を受け止めきれずにいた一人の陽性者から、社会の変容に向けて堂々と語る女性へと大きな変貌を遂げていました。人気のないファミレスで、私は3年前に思いを馳せていました。舞台を作るプロセスで見た、幾つかの奇跡について。

*****

 2010年に初演されたメデアの芝居「愛の道化師と踊る」には、シャドーボクシングと呼ばれるシーンがあります。演者たちが円を描いてステップを踏みながら、目には見えない相手に向かってジャブを入れるというものです。無心になってシャドーを殴り、足をあげてキックするソニア。彼女に何を殴っているのかと聞いてみると、いたずらっぽく笑いながら「あの男を殴ってるつもりよ!」という言葉が戻ってきました。

 「あの男」とは、彼女がHIVを感染させられた相手の事です。彼女は大学時代、南アフリカに留学したことがあったのですが、その際、知人からレイプをされて、HIVに感染したのでした。この事を初めて耳にしたのは、メデアのリハーサル中のことです。参加してまだ間もないソニアにローデッサが突然「ソニアの話を聞きましょう」とふったときのことでした。

 ソニアは、ぽつりぽつりと断片的に、自分が感染したいきさつや、その後の男性との交際の難しさなどについて語りました。自分に起こった出来事や自分の気持ちにはまだまだ整理がついていないようでしたが、取り乱すこともなく、落ち着いて、語れるだけのことを語るという感じでした。

 印象的だったのは、最近デートに誘われた同僚に、病について明かした際のエピソードです。彼はハーム・リダクション(harm reduction健康被害を行動変容により予防または軽減させること)を理由にデートを断ってきたといいます。ソニアは、彼がHIV陽性者の支援を行うソーシャルワーカーであることから、HIVへの偏見はないと言い張り、とてもいい人であることを強調しました。

 しかし、実際はこの出来事に彼女自身深く傷ついていました。医者に会わせて説明してもらうべきだったとか、ああいえば良かった、こういえば良かったと自分を責めてきたことも、この話し合いの場で明らかになりました。

 一方、メデアのメンバーのなかからは「ハーム・リダクションって、何て失礼な言い草!」「初デートで映画とか夕食に行くだけでしょ?しかも自分から誘っておいて病気の予防ってどういうこと?」「専門家のなかにも、当事者とのつきあい方がわからない人が多い」といった批判的な意見が相次ぎました。その間、ソニアは冷静を装っていましたが、動揺を隠そうと無理をしているようにも見えました。実は、この直後のリハーサルの映像にも、舞台の上でふとした瞬間、表情が歪んだり、崩れそうになったりしている彼女の姿が映像に記録されていたのです。後から見てみると、この話し合いが彼女を揺さぶったことがよくわかります。

 そんなソニアが本番では、セックスの理想像について綴った「私は気づいたの」という詩を堂々と読み上げます。舞台を歩きまわり、身振り手振りを加えて、です。しかし、このシーンをすんなり演じられたわけではありませんでした。本番の4ヶ月程前、皆の前に立ち、ノートを手に、小さな声で急いで読み上げるソニアの姿は、無理矢理課題を発表させられた少女のようでした。その後も、構成作家であるスタッフから「まるで教師のように上から目線だ」などと手厳しい指摘をされていました。ある時、台詞にうまく気持ちが込められないソニアを前に、ローデッサが語りかけたことがあります。

 「台詞を心で感じなさい。これは祈りでもあるのよ。観客席にHIV陽性の女性がいるかもしれないでしょう。その女性は、セックスし、家族を作り、結婚を望む女性かもしれない。彼女たちに言いましょうよ。『シスター、人生はこれからよ!昨日までの自分におさらばよ!』って。」

 「愛の道化師と踊る」は、2週間上演されました。ある時、舞台後のトークバック・セッション(会場との質疑応答の場)で、HIV陽性者だという40代の女性が声をあげました。18歳で感染が判明したその女性は、深い絶望のあまり、子どもを生むという選択肢を考えたことさえなかったと。しかし、ソニアが舞台で「私は結婚して子どもを生みたい」と堂々と語る姿を見て感動し、自分にはもう生むことはできないけれど、ソニアを心から応援したいと言ったのです。涙をこらえながら、声を震わせながら必死で発言するその女性の姿に、会場は割れんばかりの温かい拍手をおくり、ソニアも舞台のうえで涙ぐみながら、拍手を送り返していました。まるで、ローデッサの予言通りの奇跡が起こったかのようでした。

 本番の期間中、ソニアがメデアを通して得たことは何かと聞くと、次のように返ってきました。

 「ローデッサから学んだことは、自分が抱えている問題を深く掘り下げること。どんな問題に、いかに苦しめられてきたかを一つ一つ解き明かしていくこと。決して簡単なことではないわ。ここでは誰もが少なくとも5〜6回は泣いているのよ。苦しい作業… だけど、痛みにつぶされるんじゃなくって、痛みに直面して前へ進める。こんなに問題抱えてるんだって気づくと、サイテーって思うけど、ローデッサや仲間のサポートで癒され、光を見出すことができたの。」

* ****

2013年9月30日、マヤから長いメールが送られてきました。7月に再会した際、確認のために編集の途中段階の「トークバック」を手渡していたのですが、その映像に関する彼女からの感想でした。映画に映し出されている3年前の自分やソニアの姿は、今の自分達とあまりにも違っていて驚いたということや、全体を通してメデアの女性たちの複雑さを複雑なままに提示しているところに共感した、という内容でした。その彼女からのメッセージは、次の文章で締めくくられていました。

 「観客は問いかけられると思う。“私も彼女たち(メデアの女性たち)を周縁に追いやっている一人なのかもしれない”と。それでも私自身は“彼女たちのことを知らないということ以外に、どれほど彼女たちを追い詰めてきたのだろう”という広い視点を持つことができたから、それ自体良かったと思う。どうしたらもっと学ぶことができるのだろう。どうしたら彼女たちの闘いにさらなる弊害を加えてしまうのではなく、闘いに参与することができるのだろう。」

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[1] Milikitani, Janice. “Not Silent for Ntombi.” in Love Works. San Francisco: City Lights Foundation. 2001. pg.111.

              (続く)

*****

【お知らせ】

おかげさまで映画は12月初旬に完成しました。応援してくださってありがとうございました。早速試写会や特別上映会が予定されています。まず、12月21日には、仙台のメディアテークで全国に先駆けて特別上映会、2014年1月11日には大阪大学で試写会とシンポジウムを開催します。また、2014年3月15日から4週間、東京渋谷のイメージフォーラムにて上映が決定しました。4月には、大阪の第七芸術劇場でも上映されます。他の地域での劇場公開も目指して、目下交渉中です。自主上映に関しては、都内を含む関東は6月以降お受けいたします。お問い合わせは下記までお願いします。

仙台での特別上映会:

http://kokucheese.com/event/index/131424/

大阪大学での試写イベント:

http://www.genderart.jp/news/?p=159

自主上映のお問いあわせ:

outofframe@jcom.home.ne.jp

【ご協力のお願い】

スタジオ編集作業に予想以上の時間がかかり、経費がかさんでしまいました。その結果、完成後のPR活動費が大幅に不足しています。お気持ちのあるかたは、引き続き下記のサイトを通してご協力お願いします。

トークバック応援団HP:

http://outofframe.org/talkback.html

Facebook outofframe:

https://www.facebook.com/outofframenpojp?ref=hl

カテゴリー:新作映画評・エッセイ / 坂上香監督の“トークバック”製作ノート

タグ:貧困・福祉 / セクシュアリティ / 身体・健康 / 坂上香 / DV・性暴力・ハラスメント / LGBT

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