2013.12.29 Sun
12月17日(火曜)、(株)パンドラ主催による「ドメスティック・バイオレンス映画上映とレクチャーによる講座」第二回が渋谷アップリンクで行われた。まず、最初に、アメリカのDV被害女性本人の証言からなる稀有なドキュメンタリー映画『私を守る-DV被害と女性たちの証言』(1993年製作)が上映された。DVの深刻な恐怖を徹底して被害女性の視点から語る稀有な作品である。上映後には1992年に日本で初めてDVの実態を調査した角田由紀子弁護士により、この映画の内容に関連したレクチャーが行われた。以下、最初に映画の稀有な特色と意義について記し、最後にレクチャー概要をお伝えし、レポートとしたい。
映画『私を守る―DV被害と女性たちの証言』の意義
映画『私を守る』の特色は、DVの実態とその恐怖が、徹底して〈被害者〉の立場から語られる点にある。主たる登場人物は、夫や恋人を殺害した罪で服役中の4人のアメリカ女性たちだ[i]。彼女たちは、長年、夫や恋人から理不尽な暴力を受け続けた挙句、相手を殺し、殺人罪の罪に問われた。女性に対する著しい人権侵害などという言葉がおためごかしに聞こえるほどむごい精神的・身体的暴力を受け続けると人はどういう心理状態に置かれ、どのような行為をとるに至るのか――それがたとえ殺人行為であったとしても、当事者にしかわからない心理的経過を、彼女たちは、一人ひとり、当時の状況を振り返り語る。警察に訴えた時に撮影されたものらしき、暴力を受けた証拠らしき顔写真も時に挿入されるが、もっぱら、映画は、語り続ける4人の女性たちの姿と証言から構成されている。それらの証言をつなぐ役割として、元DV被害者で地方検事・大学教授になった白人女性が登場し、ハーヴァード大学法学部の学生たちを前に彼女たちの〈罪〉と〈罰〉について語る映像が入る。映画によれば、アメリカの刑法は、(撮影当時)DV被害女性による殺人を第一級殺人犯として裁き、その罪は、連続殺人犯・連続レイプ犯よりも重かったという。そうした司法制度のDVに対する認識不足を、自分が死ぬか相手を殺すかまで追いつめられた被害女性の声を通して訴える――というのが本作の意義といえるだろう。「私は闘った。それでこうして生きてこられる」一人の若い黒人女性が最後に語った言葉が心に残った。稀有なサバイヴァーたちの証言からなる映画だ。
角田由紀子弁護士による上映後のレクチャーをうかがって
1992年、日本で初めてドメスティック・バイオレンスに関する実態調査を行い、日本にDVの概念を紹介した女性グループの一人であった弁護士・角田さんは、1994年から1996年にかけてアメリカに滞在し、DV防止法の運用される様子を見聞した。その際、DV防止法の運用と共に素晴らしかったのは、法を作るプロセスにDVサバイバーたちが参加しているアメリカの仕組みであったという。日本では2001年に初めてDV防止法が制定された。それでも1993年に製作[ii]されたこの映画が訴えていることが20年経っても日本では「新しい」ことであり続けていると、角田さんはやりきれなさそうに語った。
さらに角田さんは、自身が弁護を担当した二つの裁判を例にとり、DVに対する司法側の理解不足を指摘した。それらは、いずれも『私を守る』に登場する女性たちの場合同様、DVの被害者女性が虐待者(夫/同棲相手)を殺した事件だ。一つは、1991年、つまりDVという概念を日本に角田さんが紹介する以前に担当したケースである。当然ながらDVという概念自体、まだ角田さんも知らない頃で、結果的に事件の背景となったDVも暴力も(検察側・裁判官に)認知されず、DVの被害者である被告人に厳しい責任を科す判決がくだされた。もう一つは、2001年にDV防止法が制定・施行されて間もない頃のケースで、この場合は、DV防止法が女性にとって「逆に作用」する事態が発生したという。裁判官たちは施行されたばかりのDV防止法を盾にとり、なぜ殺人に至る前に弁護士に相談して法による解決を求めなかったのか被害女性を問い糺したというのである。「DVや強姦について知らなくても法律家になれる、そのこと自体が大きな問題」と角田さんはきっぱり述べる。
暴力がうみだす支配と服従の構造、それが女性に及ぼす心理的・精神的影響、特に追いつめられてもうどこにも逃げ場がなく、相手を殺すしかないと思いつめるに至る心理――それはまさしく映画『私を守る』が女性たちの声を通して描いたものだ。
映画を見た直後に、実際に日本で同様の裁判を担当した角田さんから具体的なお話をうかがえたことで、DVを被害者の立場から理解することの重要性をあらためて実感することができた。当事者以外にはなかなか実態を把握できないDVという問題を、警察・法律家を含む社会の側が正しく認識することの必要性が、問われていると思う。 DV被害者とそれを生き延びたサヴァイヴァーの声を反映した法律、被害者支援の仕組みが整備されることを願ってやまない。
最後にDVは子供に対する精神的虐待であるという指摘もなされた。それは第二回講座で上映されたアニメ『パパ、ママをぶたないで』が照射する問題でもある。DVの世代間連鎖を断つために子供に対するジェンダー教育の必要性も提言された。そのためには予算が必要だ。そして予算を担保するのは法律なのである。「法は予算の根拠です」角田さんの断固とした声でレクチャーは締めくくられた。
『私を守る―DV被害と女性たちの証言』(1993年製作)
監督:マーガレット・ラザルス
30分/日本語吹き替え版/スタディガイド付き
上映権付きDVD(学校・公共利用に限る)¥40,000(税別)
1994年第66回アカデミー短編ドキュメンタリー映画賞受賞
[i] 4人の証言者たちを含め映画に登場する女性たちは皆、BWFB(Battered Women Fighting Back!/女性たちは反撃する)という民間の被害者支援団体のメンバーである。同団体は虐待者を殺して服役中の女性たちを支援するために立ち上げられ、現在はDVが女性と子供を脅かす重大な人権侵害であることを訴えるために活動中であるという。
[ii]製作はケンブリッジ・ドキュメンタリー・フィルム。女性のイメージ、DV、トラウマ、レイプ、摂食障害、自己認識、メディア・リテラシー、ホモフォビア、労働運動、ジェダー・ロール、キャリア・カウンセリング、核戦争、性と生殖に関する健康危機、ゲイ・レズビアンの親業などさまざまな社会問題に関するドキュメンタリーをこれまで製作・監督・配給してきたNPOである。製作された映画はアカデミー賞を始め多くの賞を獲得しており、国連、国会、米上院・下院などで上映されてきた。
カテゴリー:新作映画評・エッセイ
タグ:DV・性暴力・ハラスメント / ドキュメンタリー / 川口恵子 / アメリカ映画 / 角田由紀子
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