エッセイ

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医学界の「男女共同参画」 安川康介

2014.03.04 Tue

 日本における女性医師の数は近年増加しており、全医師に占める女性の割合は18.9%、29歳以下では35.9%が女性となっている。しかし、現在の医療現場では、女性医師が家庭と医師としての仕事を両立させることは難しく、離職せざるを得ない女性医師が少なくない。日本医師会の調査によれば、女性医師の約4割が休職・離職を経験し、その7割以上が離職の理由として出産または育児を挙げている[文献1]。女性医師の64.1%が「家事と仕事の両立」を悩みとして挙げており、両立困難こそが女性医師の最大の悩みとなっている。ある調査では、女性医師の離職者の85%が最初の10年で離職し、復職後も6割が非常勤として働いていることが報告されている[文献2]。

 医師不足の顕在化と女性医師の増加を背景に、今、医学界では女性医師バッシングが生じている。日経メディカルのアンケートでは、「女性医師の増加が、いわゆる『医療崩壊』の一因になっていると思うか?」という質問に、男性医師の4割超が「そう思う」と回答している[文献3]。その理由は、女性医師は「出産や育児で、職場を離れる」「仕事に復帰しても、非常勤で、長時間働かない」「男性医師に比べ、忙しい科を志さない」等・・・。要するに、「女性医師を養成しても男性並みの働きが期待できない」というものである[文献4]。

 勿論、女性医師の増加は、医療崩壊の一因ではない。問題は、性役割分業を前提とした医師の長時間・不規則な労働環境、そして、女性医師の「仕事も家庭も」という二重負担である。勤務医の労働時間は、週63.3時間と労働基準法の週40時間を大きく上回り、多くの医師が過労死認定基準を超えて働いている[文献5]。約4人に1人が月4回以上の当直をしており、月7回以上の当直をしている医師も少なくない[文献6]。医師の労働環境も、一般企業と同様、いわば「妻つき男性」[文献7]を標準として構築されてきたものであり、家庭労働を無視した貢献を医師に求めてきた。

 こんな働き方を要求される女性医師だから、無償労働から解放されているかといえば、そんなことはない。女性医師の8割以上が「食事調理」「食事の後片付け」「掃除」「洗濯」の主な担当者は自分であると答え、51.4%が配偶者の家事・育児への協力は「不十分・どちらかといえば不十分」「まったく協力しない」と回答している[文献1]。 医学部2校の卒業生を対象とした調査によれば、女性医師は家事・育児・介護などの無償労働の大部分を担っており、診療時間に家事労働時間を加えた総労働時間をみると、男性医師よりも働いていた[文献8]。女性医師の配偶者の7割以上が男性医師であることを考えると、男性医師の家事労働への不参加が、女性医師の負担に寄与しているといえる。

 近年、医師不足が顕在化したことにより、女性医師のための「勤務環境整備」が活発に議論されるようになり、医学界の「男女共同参画」も、こうした医師不足対策の文脈の中で始まった。しかし、「男女共同参画」の議論の場で課題として挙がることが多いのは、1)24時間院内保育や病児保育、急な呼び出しに対応できるベビーシッター等の育児期のサポート、そして、2)当直免除、ワークシェアリング、短時間正規雇用等による女性医師の勤務形態の柔軟化である。その先にあるのは、無償労働を背負いながら男以上に働くことでようやく到達できる「男並み平等」か、有償労働を減らして得られる「二流の労働者」としての地位である。医学界の「男女共同参画」は、30年以上も前から警告されてきた二者択一のワナ[文献9]に、今まさに、はまりそうなのである。

 日本医師会は、2005年より「男女共同参画フォーラム」を開始した。その記念すべき第1回の最初の講演「男女共同参画社会を迎えて日本医師会の考えること」で、当時の医師会会長が、以下のように発言したことは非常に象徴的といえる。

 「女性の先生が常任理事になられても、やはり同じように仕事をし ていただくということになりますと、家庭の事情、その他を考えると非常に難しい条件もあろうと思いますが、やはりそれでも十分それに耐えうる先生もいらっしゃいますので、そういうときにはどんどんご参画いただきたい。」 [文献10]

 医学界のジェンダー平等は、「男並み平等」か「女に甘んじての差別」か、という二者択一を否定するところから始めなければならない。

参考文献
1. 日本医師会女性医師支援センター. 女性医師の勤務環境の現況に関する調査. 2009.
2. 泉美貴. 女性医師の離職に関する実態調査: 離職率73%. 医学教育 2008;39:S15.
3. 男性の4割超が「女性増は医療崩壊の一因」. 日経メディカル; 2010.
4. 山本修一. 女性眼科医へのエール 第2弾. 日本眼科学会雑誌 2007;111:473.
5. 厚生労働省医政局医事課. 「医師需給に係る医師の勤務状況調査」中間報告2. 2006.
6. 労働政策研究・研修機構. 「勤務医の就労実態と意識に関する調査」調査結果. 2012.
7. 竹信三恵子. 女性を活用する国、しない国: 岩波書店; 2010.
8. 安川康介, 野村恭子. 医師における性別役割分担 : 診療時間と家事労働時間の男女比較. 医学教育 2012;43:315-9.
9. 上野千鶴子. 石器時代と現代のあいだ. ディア・ダブリュ. 東京: 福昌堂; 1985.
10. 日本医師会. 第1回男女共同参画フォーラム 記録 ―女性医師は何を求め、何を求められているか-. 2005.

カテゴリー:男女共同参画 / 投稿エッセイ

タグ:安川康介

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