2014.05.05 Mon
「キング~Two Hearts」(全20話、MBC2012)は、なかなかスケールが大きくて質の高いドラマである。私は当初、韓国が立憲君主制に設定されていることや、人気俳優イ・スンギの王子様然とした写真を見て、なんとなく現実離れしたドラマのようで、視聴する気になれなかった。だが、思い直して第一話から見てみると、これは堂々たるブラックコメディ。朝鮮半島をめぐる昨今の情勢がうまく反映され、政治的風刺もたっぷり含まれている。朝鮮半島の平和を念願するというメッセージがしみじみと伝わってくるドラマだった。ネットで調べてみると、韓国では視聴率は振るわなかったものの、“概念ドラマ”(意識の高いドラマ)と高く賞賛されていた。
統一の夢
主人公のイ・ジェハ(俳優イ・スンギ)は、大韓民国第3代王イ・ジェガンの弟である。兄のジェガンが真面目で温厚な性格であるのに対して、弟のジェハは野放図で、型破りな性格の持ち主だ。子どもの頃から王位継承にはさらさら関心がなく、死ぬまで王族として遊んで暮らせれば本望だ、などと平気で言うならず者である。それでも、王族の男性としては初めて兵役の義務も果たした。待ちに待った除隊の日、厳しい訓練から解放されると思いきや、ジェハには新たな任務が待っていた。それは、世界将校大会(WOC)に出場する南北単一チームのメンバーに加わることだった。
南北単一チームをつくって世界将校大会に出場するというのは先王の夢だった。先王はベルリンの壁が崩れる様子をテレビで見ながら、唯一の分断国家が存在する朝鮮半島にも平和が訪れることを願った。その一つの試みがこの単一チームの結成だった。それから22年が経ち、先王の遺志を継いだジェガン王がようやく単一チームの結成を実現させたのだった。ジェガンはそこにジェハを投入して、単一チームにかける王室の意気込みを示そうとしたのだ。
こうして単一チームに入れられたジェハは、北側の代表たちとともに合宿し厳しい訓練を受けることになる。北側の主将はキム・ハンア(俳優ハ・ジウォン)。特殊部隊の教官を務める優秀な女性将校で、部下たちにジェハを暗殺する方法を教えたことまであった。ジェハはよりによってそんなハンアと同室になる。初めは恐ろしい存在でしかなかったが、次第にハンアの魅力に惹きつけられてゆく。
一方、ハンアは軍人としての優れた能力をもつ反面、“普通の女性”としての顔ももっている。韓流スターにあこがれ、おしゃれにも気をつかう。そんなことが可能なのは、父親キム・ナミルが統一前線部の副部長というエリート特権階級の出身だからだ。ハンアは幼い頃、母親を亡くし、父親に育てられた。父親にとっては目に入れても痛くない自慢の娘である。だが、唯一の悩みはハンアの結婚相手が見つからないこと。デートしてももう一歩のところで相手に逃げられてしまう。ハンアが世界将校大会に参加することにしたのは、上司から「出場すれば、いくらでも男を紹介する」と言われたからだ。
リアリティに満ちたフィクション
物語は、南北単一チームの一員として出会ったジェハとハンアが、紆余曲折を経て愛し合うようになる過程を描いている。しかし、このドラマの中心は二人のロマンスにあるというよりも、南北間の戦争を煽り、平和を妨害する勢力との闘いに置かれている。平和をかく乱する勢力の象徴として登場するのがジョン・マイヤー(韓国名キム・ボング[俳優ユン・ジェムン]:写真)である。彼は多国籍軍事複合体であるクラブMのオーナーで、世界中で戦争や紛争が起こる度に武器を輸出し、大儲けしている。だから、ジョン・マイヤーにとって南北統一チームの結成やジェハとハンアの結婚は、ぶち壊さなければならない対象なのだ。
クラブMは、南北の平和を願って統一への道を歩もうとする王ジェガンを殺害するだけでなく、巨大な資金と組織を使ってあらゆるものを操り、南北を仲たがいさせようとする。ジェハとハンアが婚約し、南北の和平ムードが高まると、それを妨害しようとアメリカを巻き込む。アメリカで爆弾テロ事件を起こしてそれを北の仕業とみせかけるのだ。アメリカは密かに北への攻撃態勢をとり、朝鮮半島は一触即発の事態に追い込まれてしまう…。
もちろんフィクションに過ぎないのだが、その一つ一つの事件や三国それぞれの対応がリアリティに満ちている。このドラマを見ていた頃、ちょうど無人偵察機が韓国で発見されてニュースになったが、「あの事件はもしかしてクラブMの仕業ではないか?」と思ったほどた。ドラマは中盤からジョン・マイヤーの残酷な悪行がリアルに描かれるため、夕食時などに見ると消化不良を起こすかもしれない。しかし、だからこそ最終回は一層見応えがある。
制作陣
このドラマは、日本でお馴染みの「ベートーベン・ウイルス」(2008)を手掛けたイ・ジェギュが演出している。彼はあるインタビューで、このドラマは、「南北のデリケートな政治の物語ではなく、北のキム・ハンアと南のイ・ジェハが互いにどのように適応し理解してゆくのか、夢と理想をどう描くのかを追求したもの」、「統一に対する関心が少ない最近の若者たちに、いつかその時が来たら互いに尊重できるようにとの思いを込めた」と語っている。
脚本を書いたホン・ジナは、妹のジャラムとともに“ドラマ作家のホン姉妹”として有名である(「美男ですね」で有名な“ホン姉妹”とは違う。写真の左がジナ、右がジャラム)。この姉妹の代表作としては、スポーツの国家代表選手たちの姿を描いた短編ドラマ「泰陵選手村」(2005)と、「ベートーベン・ウイルス」(2008)がある。いずれも夢を叶えるために努力する人間たちを描いている。
ホン姉妹は以前にも南北の若者を描いたドラマ「新・牽牛織女」(全2話、朝鮮戦争停戦50周年特集MBC2003)を書いている。このドラマは2002年の釜山アシアンゲームに参加した北朝鮮応援団の女性と韓国人の男性記者のロマンスを描いたもの。南北ものを書くのはやさしいことではないはずだが、彼女たちの創造性は父親ゆずりなのかも知れない。ホン姉妹の父親は小説家ホン・ソンウォン(1937~2008)。朝鮮戦争を主題とした『南と北』という長編小説を書いている。これは1970年から5年間、『世代』という雑誌に「6.25」(朝鮮戦争の起きた日)という題で連載したもので、「軍隊と戦争問題を集大成した作品」と評された(韓国文学翻訳院の文人データベース)。
俳優たち
さて、このドラマの良さの一つは、北朝鮮の人物や社会をなるべく等身大に描こうとしていることだ。キム・ハンアや父親、兵士たちの描写や北を想定したセットなどにその努力がうかがえる。ピョンヤンの地下鉄駅なども見事に再現した。また、出演者たちは北朝鮮訛りを相当練習したという。ハンアを演じたハ・ジウォンは脱北者から指導を受けたとのこと。その他の兵士たちも実にうまい。中でも特に感心したのは、ハンアの父親を演じたイ・ドギョン(写真)。本当に北の人ではないかと思わせるような演技に感服させられた。しかしご本人は、「慶尚道訛りが染みついていて、北の訛りを真似るのが大変だった」とのこと。演劇畑のベテラン俳優である。
主役の二人(ハ・ジウォンとイ・スンギ)も良かったが、準主役の近衛隊長ウン・シギョン役を演じたチョ・ジョンソクと、ジェハの妹ジェシン役を演じたイ・ユンジも主役に劣らぬ存在感を見せている(写真)。チョ・ジョンソクは同年、韓国で大ヒットした映画「建築学概論」(2012)に出演し、青龍映画賞、大韓民国文化演芸大賞、今年の映画賞で新人賞を受賞するなど、大当たりの年となった。この二作品での好評が、ドラマ「最高だ、イ・スンシン」(2013)で主人公役を獲得するステップになったのは間違いない。
“南男北女”
朝鮮半島には“南男北女”(ナムナムプンニョ)という言葉がある。平たく言えば、南の男と北の女が美男美女だという意味である。だが、男性中心的な価値観からすれば、“南の男に北の女が嫁ぐ”というニュアンスとなり、その逆(北の女に南の男が…)にはならない。このドラマでも南の男(ジェハ)に北の女(ハンア)が嫁ぐ、という設定になっている。韓国に行く娘に向かって父親が言った「お前はもう南の人間だ」というセリフがそれを象徴している。
今年、パク・クネ大統領は、年初の記者会見で「統一は大当たりだ」という表現を使って南北統一への積極的な姿勢を示した。この「大当たり」(대박:英語訳は“bonanza”)という表現をめぐってはいろいろと評価が分かれるところだが、経済的負担の大きさを理由に統一に否定的な世論を説得するためにはある程度効果があるのだろう。いずれにせよ、ドラマの中のジェハとハンアのように、どんな危機に直面しても相手を信じて粘り強く統一への歩みを進めてもらいたいものである。
写真出典
http://talk.imbc.com/star/star_view.aspx?peocode=A0707004992
http://www.stylistmh.com/bbs/board.php?bo_table=B16&wr_id=15
http://scjbible.tistory.com/m/post/333
http://h21.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/23747.html
http://blog.daum.net/_blog/BlogTypeView.do?blogid=0aurO&articleno=61&categoryId=0
カテゴリー:女たちの韓流
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