2014.06.05 Thu
若者たちの貧困化
1990年代後半以降、急速な貧富の格差が進行してきた韓国。2000年代半ばには“88万ウォン世代”(月収が7万円程度しかない)といわれる若者たちが増え、最近は“三抛世代”(恋愛も結婚も出産も放棄せざるをえない)という言葉も加わった。「清潭洞アリス」(全16話、SBS,2012)は、そんな韓国の現状が反映されたドラマである。
ストーリーの大筋は、“庶民出身の女性が財閥の息子と結ばれる”というシンデレラ物語だけれども、普通のシンデレラとはやや異なる。一般的なシンデレラは、貧しいながらも清純潔白で、欲望や下心などはもたないタイプ。しかし、このドラマのシンデレラは、“シンデレラになること”をみずから欲し、目的意識的にシンデレラを演じようとする。その欲望を通して、今時の若者たちが直面する格差社会の壁を逆説的に描いているのだ。
格差の壁
主人公のハン・セギョン(俳優:ムン・グニョン)はファッションデザイナーになることを目指して生きてきた。名門女子大学の衣類学科を優秀な成績で卒業し、公募展での受賞経歴もある。留学経験はないがフランス語も流暢にしゃべることができる。ところが就職のために臨んだ面接試験ではいつも落とされた。それは“留学もできない貧しい家庭の出身ではデザイナーとしてのセンスが育たない”という業界に蔓延する偏見のせいである。ようやくありつけた仕事は、1年ぽっきりの契約社員で、仕事の内容も単なる雑用係。実はそれすらも、当の会社の社長夫人におさまっていた高校時代の同窓生ソ・ユンジュ(ソ・イヒョン)が、自分の暇つぶしの相手をさせようと入社させたのだった。
それでも一生懸命働いて、何とか正社員になろうと頑張るセギョン(写真)の前に、容赦なく経済的困難がおそいかかる。セギョンの父親は製パン職人で、長年小さなパン屋を営んできた。ところが、財閥系列の大手スーパーが近所に出店し、いっぺんにつぶれてしまったのだ。それで父母が借金して買ったアパートも手放し、妹の学費を捻出するのもままならなくなってしまう。セギョンの唯一の支えだった恋人のインチャン(ナムグン・ミン)すら、母親の手術費用をまかなうために過度の借金を背負った挙句、会社の製品を横流しして捕えられる始末。「努力が自分をつくる」を信条にしてきたセギョンに向かって、インチャンは「努力すればするほど絶望だけが大きくなるんだ」と言い放って去ってしまった。
不思議の国へ
セギョンが勤める会社の社長夫人ソ・ユンジュ(写真)は、身分上昇を図るためにあらゆることを利用してきた。セギョンのように優秀でもなく、家が富裕でもなかったユンジュは、自分の容姿と女性性を最大限生かし、それなりに世渡りの作法を培ってきた。ユンジュは自分なりに徹底して“努力”した結果、今の社長夫人となり、セレブの仲間入りを果たしたのである。セギョンはそんなユンジュの小間使いをしながら、その方法が知りたくなった。
もう一人の主人公がパク・シフ演じるチャ・スンジョ(フランス名:ジャンティエル・シャ:写真)である。財閥の息子だが、幼い頃に母親と別れさせられた経験がもとで心に傷を負った。画家を志して留学したパリでユンジュと出会って愛し合った。だが、父親のチャ・イルナムが庶民出のユンジュを嫌い、結婚を許さなかった。スンジョは一切の相続を放棄してまでユンジュを選んだが、一文無しになった途端、セレブになることが夢だったユンジュに捨てられてしまう。スンジョは、父親やユンジュを見返してやろうと、一念発起して経営を学んだ。そして、世界的ブランド会社、アルテミスコリアの会長として韓国に戻ってきたのだった。
スンジョはそんな経験から、愛情よりもお金目当てで接近してくる女性を憎むようになった。また、セレブになろうとブランド品を買い求める女性たちを軽蔑するようになる。車の接触事故をきっかけに知り合ったセギョンに対しても、当初はそんな女性の一人だと思っていた。初対面の時、自らの身分を会長の下で働く金秘書だと偽ったのもそのせいだ。ところがスンジョは、セギョンが貧しい恋人のために必死になる姿を見て、次第にセギョンに惹かれてゆく。
セギョンは恋人のインチャンと別れた後、自分や家族の経済的境遇を打開しようと、金持ちタウンである清潭洞の世界に入り込むことを決心。ユンジュの指南に従って、人脈つくりにとりかかった。セギョンも金秘書に好感を抱いていたが、金秘書にアルテミス会長との橋渡しをしてもらう方が重要だった。スンジョがセギョンに“自分が会長だ”と言えないでいるうちに、セギョンがスンジョの正体を知ってしまう。こうしてセギョンは、スンジョが会長であることに気付かぬふりをして、純真なシンデレラを“演じ”はじめる。
富裕層のアイコン、清潭洞
ドラマの舞台である清潭洞は、ソウル特別市江南区の一角にある。1980年代中盤以降、ファッションデザイナーたちが集まるようになり、1995年にブランドを取りそろえたガレリア百貨店が建った。それ以後、この一帯にはグッチ、ルイヴィトン、カルティエ、プラダ、アルマーニなどの高級ブランド店が建ち並び、韓国の富裕層を象徴するアイコンになった。韓流のトップスターたちが属する芸能事務所や高級ルームサロンがあることでも知られる。近年では財閥トップの三星一家がこの地域の不動産をしきりに買占め、三星タウンを造成中とも言われている。
富の世襲
ところで、このドラマは中盤から主人公たちの心理的葛藤が描かれるため、少々わかりにくい面がある。ドラマを見ながらうたた寝する癖のある私は、目が覚めると展開が理解できず、何度も巻き戻して見るはめとなった。結末は一応ハッピーエンドだけれど、スンジョとセギョンの間にある経済的境遇の違いを考えると、現実にはありえないだろう。
このドラマは、5年に1度の大統領選挙という韓国の一大イベントが進行するなかでの放映だった。そのため視聴率はそれほど高くはなかったが(最高視聴率17.6%:TNmS全国)、大統領候補たちのテレビ討論の中でこのドラマが引き合いに出されて話題となった(統合進歩党の李正姫候補が、「このたくさんのアパートの中で、私が住める家はない」という劇中のセリフを取り上げて、「あなたにこの意味がわかりますか?」と、得意の弁舌で朴槿恵候補を攻撃したのだ)。
ドラマが放映中だった2013年1月、週刊誌「ハンギョレ21」が興味深い特集を組んでいた。タイトルは「大韓民国はなぜ世襲に怒らないのか」。記事によれば、韓国社会を「父母の地位によって子供の階層上昇機会が閉ざされた閉鎖的な社会に近い」と考えている人が61.6%に上るという。また、子供が成功するには「親の経済的地位」と「個人の努力」のうち、どちらがより影響するかという問いに対しては、前者が54.9%、後者が44%である。さらに、韓国社会の格差の最も大きな原因については、31%が「富の世襲による階層移動の困難さ」と答え、「労働市場の不平等」(22.2%)、「行き過ぎた学閥社会」(16.5%)、「社会安全網の不足」(14.7%)を引き離した。
作家たち
いずれにせよ、こうした現在進行中の社会問題を敏感にとらえたドラマが、よりによって大統領選の真っ最中に放映されるなんて、やはり韓国ドラマは奥が深いと思わざるをえない。このドラマの脚本家を調べてみると、キム・ジウン、キム・ジニという二人の新鋭作家たち。彼女たちは、「善徳女王」の脚本を書いたキム・ヨンヒョンとパク・サンヨンが設立した作家専門会社KP&SHOWの所属で、これがデビュー作。これまで「善徳女王」や「根の深い木」の補助作家として活動してきた。この会社は集団創作システムを導入しており、キム・ヨンヒョンとパク・サンヨンも本作品のクリエーターとして関与している。
俳優ムン・グニョン
最後に、主人公を演じたムン・グニョン(1987~)についても書いておきたい。まだ27歳(このドラマの出演当時は25歳)の若さだが、12歳の頃から子役としてテレビや映画で活躍してきた。全羅道の光州出身で、母方の祖父(リュウ・ナクジン)は元南朝鮮労働党の党員。軍事政権下で何度も投獄された。ムン・グニョンは小学生の頃から演技に興味をもっていたが、そんな家族史のせいで母親に反対されたという。金大中氏が大統領になった1998年、ようやく演技スクールに通うことを許され、翌年デビューを果たす(写真は1999年)。1994年に再び投獄された祖父が特赦で仮釈放されたのも1999年である。ちなみに祖父が亡くなった際(2005年)の香典はすべて、南北統一基金に寄付したという。
セギョンのセリフに「いくら一生懸命働いても貧しいなら、それを恥ずかしいと思うのではなく怒らなければならない」というのがある。このドラマを見ながら、社会の不正義に対して怒り、声をあげ、行動することの必要性をあらためて感じた。
写真出典
http://www.pdjournal.com/news/quickViewArticleView.html?idxno=37436
http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=roa6&logNo=172441074
http://www.hankyung.com/news/app/newsview.php?aid=201212163532k
http://www.gangnamtour.go.kr/kor1/citytour/citytour04_03.php
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