2014.07.20 Sun
御所の四季の移ろいは美しい。
今出川御門・旧近衛邸跡の満開の糸桜(しだれ桜)が京都の春を告げる。
1977年、食道がんに倒れた義母の看病のため東京から京都に移り住んだ。無事、手術を終えて退院。春になり、「御所の桜が見たい」という母といっしょに、みんなでお花見にいった。術後、母は声帯をなくして声を失う。「そやなあ、あと何べん、桜と紅葉を見られるかなあ」とつぶやく口元をしっかり読み取り、母の思いを受け止めた。そして5年後に母を見送る。今の私と同じ70歳だった。ときどき母の夢をみる。
御所の初夏は清々しい。新緑から木々が生い茂る夏への変化を肌で感じて。公園の砂場やブランコで遊んだ孫は、思い立って森の中へと紫陽花や虫を見つけに駆けていく。
秋は大銀杏が黄色に地面を染め、紅葉が空に映えるのがいい。誰もいない道を自転車で走るのが好き。シャーロック・ホームズの小説に出てくる森の淑女になった気分で。
京都迎賓館裏の細道は、あまり知られていない隠れ道。手を加えていない原生林が無造作に立っている。木陰を野良ネコが走る。絶好の隠れ場だ。ときどき餌をやりにおばさんがやってくる。
女友だちの弟が、イサム・ノグチの「ランドスケープ」に学んだ経験を買われ、迎賓館の造園デザインを依頼された。まだその庭を眺めたことはないけど。
2005年秋、アメリカ大統領・ブッシュが来日し、迎賓館にヘリコプターでやってきた。バリバリバリッとけたたましい爆音が、近くの私の家まで響いてきた。後で聞くと、そのヘリコプターはダミーで、別のヘリコプターで、ひっそりとブッシュは着いたという。
御所の東・梨木神社との間の並木道は、いつも自転車で通る道。名水と萩の名所で知られるこの神社は明治の元勲・三条実美を祀る神社だ。最近、境内にマンションが建つとかで京都人の顰蹙を買っている。
1977年元旦の夜、梨木神社爆破未遂事件が起きた。東アジア反日武装戦線の『腹腹時計』を読み、加藤三郎が単独で実行。
1970年代初頭の連合赤軍事件の後、74年、東アジア反日武装戦線「狼」が三菱重工を爆破、死者8名を出す。「大地の牙」が三井物産を爆破攻撃。再びアジアへの侵略を目論む「新大東亜共栄圏」構想を警告するゲリラ作戦だった。75年5月、大道寺将司ほかグループは警視庁公安部に一斉逮捕される。75年8月、クアラルンプール人質事件で5名が国外脱出。77年9月、日本赤軍の日航機ハイジャック・ダッカ事件で6名が国外脱出。95年、浴田由紀子がルーマニアから強制送還され、他の人たちは今なお収監中だ。
71年、ベイルートに脱出した重信房子の娘・メイが登場するドキュメンタリー映画「革命の子どもたち」が、7月5日の東京・テアトル新宿を皮切りに全国公開される。「母は、テロリストというより自分に正直に生きる人だった」と娘が語る重信房子は、国際指名手配後、2000年に大阪で逮捕され、2010年、20年の刑が確定した。
松下竜一著『狼煙を見よ-東アジア反日武装戦線“狼”部隊』に次のような一節がある。
「こう考えることができませんか。何もしない者は、それだけ間違いも起こさぬものです。そして多くの者は、不正に気づいても気づかぬふりをして何も事を起こそうとせぬものです。
東アジア反日武装戦線の彼等は、いわば「時代の背負う苦しみ」を一身に引受けて事を起こしたのであり、それゆえに多数の命を死傷せしめるというとりかえしのつかぬ間違いを起こしてしまったということです。
その間違いだけを責め立てて、何もしないわれわれが彼等を指弾することができるでしょうか。
私にはできません。私は彼等の苦しみに触れ続けたいと思うのです」。
2014年7月1日、安倍政権は集団的自衛権行使の容認を閣議決定する暴挙に出た。国は「戦世」への道へと踵を返した。
彼らのことが、なぜか今、思われる。手段と方法はともかくとして、「そのことに気づいても何も事を起こそうとせぬ一人になるのではないか」と、忸怩たる思いが私にもある。
京都市中は、かつて戦乱が繰り返され、幾度も大火に見舞われた。そのたびに、みやこは生き延びてきた。
この夏、祇園祭は1966年以来の、前祭と後祭の2回の巡行となる。
長州と会津との戦いで今も鉄砲の跡が残る「蛤御門の変」で火は市中に広がり、焼けてしまった大船鉾が、今年、150年ぶりに再興され、後祭の最後尾を飾るという。
御所を歩けば、季節の移り変わりに気づかされ、長い歴史の「とき」の移ろいを思う。
でもそんなことはいってられない。もはやわれわれは「戦世」への道を歩み始めたのではないかと、若者たちの軍靴の響きを聞く「とき」を予感して、怒りと危惧を覚えずにはいられないのだ。
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