2014.08.05 Tue
ドラマ「根の深い木」(全24話SBS,2011年)は、ハングル創製をめぐるミステリー時代劇である。朝鮮の固有文字ハングルがつくられたのは15世紀半ばの1443年(頒布は1446年)、朝鮮王朝第4代王、世宗(セジョン)の治世であった。それまで、朝鮮では漢字が使われてきたが、それを読み書きできるのは一部の支配層に限られていた。また、中国語を表記するのに適した文字である漢字は、朝鮮の人々が話すことば(音声)を正確に表すことができない。そこで世宗は、自分たちのことばを表記する文字を考案し、「訓民正音」(民を教える正しい音)と名づけて条例として公布した。しかし、それがどのように作られたのかについては実のところ史料が乏しく、今も韓国の学界で論争がある。このドラマは、そんなハングル創製にまつわる謎を想像力豊かに解き明かす。
“王と民のメロドラマ”
ドラマの主要登場人物は、世宗(俳優:ソン・ジュンギ、ハン・ソッキュ)と、奴婢出身で兼司僕の官員カン・チェユン(チャン・ヒョク)、同じく奴婢出身で宮廷女官になったソイ(シン・セギョン)の三人である。また、後半で存在感を示すのは、世宗に対抗する士大夫(科挙に合格した高級官僚)の秘密結社、密本(ミルボン)の中心人物チョン・ギジュン(ユン・ジェムン)。そのほか、世宗の護衛武人ムヒュル(チョ・ジヌン)、宮中の研究機関でハングル創製に関わった集賢殿の学者たちもそれなりの比重をもって登場する。
子どもの頃のイ・ド(世宗)は、武力と権力で朝鮮を治めようとした父親太宗のもとで、怯えて育った。王位についてからは父親とは違う方法で朝鮮を治めたいと思うようになる。それで考えぬいた結論が文字をつくって普及させることだった。それも、民衆が簡単に覚えられるようなわかりやすい文字でなければならない。彼は、ことばを発する際の口の形や舌の形を点と線と丸で形象化することを思いつく。そして集賢殿の若い学者たちと女官たちに協力をもとめ、極秘に文字創製のプロジェクトを進めるのである。
世宗が考える「新しい朝鮮」をつくるための道具がなぜ文字なのか。その理由がカン・チェユンやチョン・ギジュンとの討論の中で語られる。庶民のカン・チェユンは世宗に問う。民に文字を与えたとしても奴婢や賎民をなくすことができるのか?身分の序列をなくすことができるのか?それができないのに民に文字という希望だけを与えるのは拷問するのと同じではないのか?と。一方、支配層のチョン・ギジュンはつぎのように世宗を批判する。民に文字を与えるのは、漢字を習得して修養を重ねた士大夫の権威を失墜させ、士大夫によって保たれているこの国の秩序を乱すことだ。それを、既得権を手放そうとしない士大夫の欲望というのなら、民の巨大な欲望はどうするのか?民に文字を与えて権力を分け与えるのは、この国を滅ぼすことであると。
チョン・ギジュンはハングル文字が民に広まれば、漢字を学ぶ士大夫の権力が失われる、と恐れた。それでハングルの普及を危険視し、徹底的に妨害しようとする。世宗は逆に、漢字を知るものだけが官僚になり民を支配する世の中が続けば、やがてその弊害が深まり、国が滅びる。それを克服するために文字が必要だと考えたのだ。世宗もチョン・ギジュンも、文字が権力だと考える点は同じだが、その結論が違う。その違いを生み出すのが“民への愛”の有無なのだ。このドラマが“王と民のメロドラマ”といわれる所以である。
口の悪い世宗
世宗といえば、韓国でもっとも尊敬されている王様である。世宗はハングル創製をはじめ、科学、国防、経済、芸術などでも数々の業績を残した。のみならず、ドラマが描くように愛民精神もあった。たとえば、宮中で働く官婢の出産休暇を7日から100日にし、その夫にも30日の休暇を与えたといわれている(KBS<歴史ジャーナル、その日>2014.2.23放送)。世宗のイメージは、光化門広場に建つ銅像のように、博識で、慈悲深く、包容力のある温厚な姿として定着している。
ところが、このドラマに描かれる世宗には人間臭さがある。ときにはもだえ苦しみ、泣きわめきもする。とりわけ世宗の口の悪さは、このドラマの特徴である。韓国特有の罵言が何度も出てくるので字幕翻訳者はさぞ大変だったに違いない。とりわけ印象的だったのは、「血迷ったアホどもめ!」(지랄하고 자빠졌네! チララゴ チャッパジョンネ!)。息子(広平大君)を人質にとられた世宗が、文字の頒布か息子の命かの選択を迫られる場面で発したことばである(https://www.youtube.com/watch?v=da60nqJYOPs)。
クリエーターたち
ドラマの原作は、イ・ジョンミョンによる同名の小説(2006年)である(邦訳『景福宮の秘密コード(上/下)』裵淵弘訳、河出書房新社、2011)。脚本は、「善徳女王」を書いたキム・ヨンヒョン(写真左)とパク・サンヨン(右)のコンビ。原作自体がフィクションだが、ドラマはさらに想像力をたくましくして書いたそうである。時代劇は史実に沿わなければ、などと考える人がいれば、考え方を改める必要がありそうだ。脚本家たちのこのドラマにかける思いについては、林るみ「インタビュー 現代を映す韓国時代劇ドラマ『根の深い木』脚本家キム・ヨンヒョン、パク・サンヨンに聞く」(『世界』2013.2)に詳しいので、そちらをお読みいただきたい。
さて、このドラマは視聴率も高かったが(最高視聴率25.4%:AGB[全国]調べ)、それ以上に高く評価された。2011年のSBS演技大賞では、大賞(ハン・ソッキュ)をはじめ、最優秀演技賞(チャン・ヒョク)、優秀演技賞(シン・セギョン)、特別演技賞(ソン・オクスク、ユン・ジェムン)、プロデューサー賞(ソン・ジュンギ)、そして最優秀作品賞も受賞した。また翌年、百想芸術大賞の大賞とTV脚本賞受賞、ソウルドラマ・アウォード大賞、コリアドラマフェスティバル演出賞(チャン・テユ)を受賞している。
さらに(社)ハングル文化連帯からも、「よく知られていないハングル創製の背景と、それを遂行する過程での世宗の苦悩を視聴者たちによく伝え・・・世宗の民への愛を再解釈し、ハングルの科学的原理と優秀さを伝えた」として表彰された。確かに、このドラマをみれば、コリア語の学習意欲が俄然高まるような気がする。これまでコリア語を学んで途中で挫折した人も、ドラマを見れば再挑戦したくなるかもしれない。コリア語を教える際の参考にもなる。
最後に、このドラマの中で私がもっとも気に入った俳優について書いておきたい。それは世宗の護衛武士ムヒュルを演じたチョ・ジヌン(1976~)。ムヒュルは強く凛々しい上に、はにかみ屋の一面もある。また、風貌の面からすれば、チョ・ジヌンの方が実際に伝わる世宗像にぴったりだとも言われている。私は当初、このムヒュルが格好良すぎて、初めて見る俳優だと思ったが、「ソル薬局の息子たち」で、ブルータス・リー役を演じた人だった。風変わりな姿でオートバイを乗り回すブルータス・リーとは外見も性格も到底結びつかなかっただけに、「これぞ役者!」と感動した。チョ・ジヌンはムヒュル役が大ヒットして今やスクリーンでもテレビでもひっぱりだこらしい。今後が楽しみである。
写真出典
http://coreai84.egloos.com/10804969
http://dreamlives.tistory.com/765
http://dreamlives.tistory.com/786
http://blog.daum.net/_blog/BlogTypeView.do?blogid=0RPX3&articleno=1387
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