2014.11.19 Wed
『美女と野獣』 (La Belle et La Bête)
ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)の女性たちが、旬の映画を語るウェブ座談会。第3回となる今回とりあげるのは、フランスの新作映画『美女と野獣』。WANの映画欄を担当するふたりが、映画の見どころを語ります。
参加者:C-WANコーディネーター 川口恵子、C-WANチーフ 宮本明子
※以下、映画の内容に言及している箇所があります。
フランスを代表する女優として――レア・セドゥの魅力
川口 宮本さんBon retour! パリからお帰りなさい。帰国して何日くらい経ちましたか?
宮本 川口さん、こんにちは。そうですね、1週間ほどでしょうか。フランスは今回が初めてでした。地図をみながらメトロに乗ったり、街を歩いたり。コートを着ないと寒い季節でしたが、外を歩くのがとても気持ちがよかったです。人も街もすてきでした。そんなことを、かつてフランスにお住まいだった川口さんとお伝えしていたところ、ちょうどいま『美女と野獣』が公開中とのこと。これは行かねばと(笑)。
川口 帰国早々に見たフランス映画、しかもジャン・コクトーの名作で知られる『美女と野獣』のリメイク、どんな感想を持ちましたか?
宮本 印象的な場面がたくさんあります。『美女と野獣』といえば、ディズニーのアニメ版『美女と野獣』(日本公開:1992年)から、一定のイメージがありました。ディズニー版野獣はベルより数段大きいし、大きな声でベルを威嚇する。でも、どこか可愛げがあります。ときどき困ったように肩を竦めたり、従者たちに意見を求めたりして、愛嬌がある。一方、この映画の野獣は、見た目からして、野獣というよりも人間に近いですよね。目や紫色の薄い唇なんて、ああ、こんな人いるかもしれない、と思わせるような(笑)。パンフレットをみると、野獣のマスクは、髪の毛1本1本を埋め込んだものを使ったのだとか。映画への意気込みがうかがえます。そしてやはり美女、レア・セドゥ(Léa Seydoux)です。
川口 彼女のおかげで少女的妖艶さとコケットリーを備えた美女=「ベル」像が出来上がりましたね。なんといってもフランスの二大映画会社パテ社、ゴーモン社の会長を祖父、大叔父に持つ名門のご令嬢ですから。グローバル映画市場、どこに出しても恥ずかしくないフランスの至宝というべき女優でしょう。私が彼女を初めて魅力的と思ったのは、『マリー・アントワネットに別れをつげて』(2012年)で王妃の朗読役を演じた時でした。フランス革命の最中に逃亡する王妃の身代わりとなる役どころですが、騒然とした宮中の階段を、ただ一人、凛として、王妃のドレスを着た彼女が降りてくる。その時のえもいわれぬ傲岸な表情に、ぞくっときました。高貴な血筋(笑)とは知らずに見ていたのですが、これはただものではないな、と。
宮本 ああ、その映画もみたいです。私が初めて彼女をみたのは『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』(2011年)でした。ミステリアスで格好いい女性でしたね。
川口 今年のカンヌで『アデル、ブルーは熱い色』(2013年)の主演女優としてパルムドールをとったそうですね。女同士が恋に陥る話です。そして今度は、007でボンド・ガールならぬファム・ファタル(運命の女)役を演じるとか。すごい楽しみです。小柄だけど、妖婦的で、とにかくコケティッシュ! 久々のフランス映画女優って感じです。長いこと、大御所カトリーヌ・ドヌーヴ一人でひっぱってきた感がありますからね、フランス映画って。ようやく安心して引退できるんじゃないかしら。
衣裳とベルの「変化」――セクシュアリティの発露
宮本 ドレスといえば、レア・セドゥはこの映画でも、さまざまな美しいドレスを着こなしていますね。
川口 ああ、ドレス! 世界の女性観客をうっとりさせるには、お衣装、大事です。ペール・グリーンのドレスが一番似合ってたような……。 父の見舞いに家に帰ってくる時は、たしか、ド派手な「真紅」でしたよね。重症患者の見舞いには不似合いな色だなと思ったほどでした。血のような赤で……。
宮本 あれは目の覚めるような赤でしたね。彼女の変化をあらわすようで、鮮やかです。
川口 ベルはどう「変化」したのかしら? 野獣に会う前と、会った後で。
宮本 うーん。はじめは、白や緑のドレスでしたよね。そこから、故郷にいったん戻り、再び野獣のもとへと戻る場面で、彼女は赤のドレスをまとっています。それは、父親が手折ったバラの花を思わせました。はじめはバラの代償として野獣のもとに向った彼女が、傷つきながらも、成長を遂げてゆく。そうして、野獣の心を動かしていくわけですね。あたかもバラが開花していくようなベルの変化が、鮮やかにあらわれていたと思います。
川口 バラは女性性の象徴ですね。
宮本 そうですね。川口さんは、ベルの変化をどうとらえましたか?
川口 私は、完全に、ベルが性的にめざめてゆく過程ととらえました。野獣に会う前と、会ってからでは、体の内側から変わっていく感じです。父もそれに気づいて、赤いドレス姿で戻ってきたベルを見て、肌の色つやも変わった、などとコメントしています。
宮本 なるほど、衣装の変化が、ベルが性的に目覚めていく過程であった、と。
ディズニー版との違い――中世の艶笑譚(ファブリオ)的魅力
川口 そこがディズニ―版とはまったく異なる。フランスならではのセクシュアリティを前面に出してきたと思いました。 野獣を演じた男優の選択にも、それが表れてる。ヴァンサン・カッセル(Vincent Cassel)って、『ブラック・スワン』(2010年)でかなりきわどいエロティシズムをナタリー・ポートマン(Natalie Portman)演じる清純派のバレリーナから引き出す教師役でしたね。それを、思い出して、え、まさか、あんたが「プリンス」?って思いながら見てました(笑)。
宮本 あ! そうだったのですね。そうみていくととてもおもしろいです。たしかに、ヴァンサン・カッセルは独特の色気がありますね。それこそ野性味がある。ディズニー版の王子様もすてきでしたが、両者はかなり異なっています。魔法が解けたときのディズニー版王子様、今でも覚えていますが、とてもきらきらしていました。歯みがきのCMにでてきそうな青年です(笑)。アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.
川口 ディズニー版は、昔、SBS静岡放送で「シネマ・パラダイス」っていうラジオ番組で新作映画を紹介するレポーターをしていた頃、東京の試写会に来て見たきりです。その当時、たしか、ディズニーが『美女と野獣』で観客のターゲットをお子様から若い男女の観客に変えたという風に言われていたと記憶しています。街の映画館も若いアベック(死語!)で満杯で。一種の社会現象になってましたね。完全に恋愛映画という受け止められ方でした。90年代初頭、まだバブルの残り香が漂っていたころの話です。
宮本 とても興味深いです。なるほど、ディズニー版では、ベルを口説く男もでてきて、最後に彼と野獣が塔の上で戦いますよね。男二人が自分のために戦っているという構図は、「恋愛映画」としてみている女性にかなり訴えるはず。ところで、「フランスならではのセクシュアリティ」というのは、どのようなものでしょうか? とても気になります。
川口 端的にいってしまうと、ハリウッドっていうのは、どこかでピューリタン的で、一夫一婦制を是としていますが、フランス映画は、なんでもあり。性的奔放さが、グローバル・マーケットにおけるフランス映画の「売り」です。50才になろうとするヴァンサン・カッセルをレアの相手役に選んだのも、結局、「大人の男」に性的に目覚めさせられてゆく処女というエロティシズムを狙ったんじゃないかしら。そうでないと、彼がレアの相手役に選ばれる必然性が見えません(笑)。
宮本 そうだったのですね(笑)。たしかに、いわゆる、童話でみたりきいたりしてきたお伽話の「王子様」像とはちがっていました。一方、ベルを演じるレア・セドゥはといえば、落ち着いた雰囲気をたたえていながら、どこか少女のあどけなさがみえかくれします。
川口 そうでしょう? ディズニー版がファンタジーだとしたら、こちらは、フランスのファブリオ。中世の艶笑譚です。野獣になる前の時代のヴァンサン・カッセルは、狩と女が大好きで、好戦的で、どことなく中世の王族って感じでしょう? 戦いと狩と、女が好きって、フランス人からすると、「王様」イメージとして受け入れやすいのかもしれない。それから、野獣が、人間だった頃の自分と妃を描いた肖像画の前で、獲物を、音をたてながら食べる場面があるでしょう? あれってやっぱり、かなり性的場面じゃないかしら。男の「獣性」ってやつ(笑)。
宮本 なるほど。艶笑話的とおっしゃっていただけて、とてもすっきりしました。ディズニーとの違いは、やはりそこにあるのではないでしょうか。ヴァンサン・カッセルがその力をみせつける狩の場面も印象的でした。あの場面はどこか不穏な空気が漂っています。ベルが見ている夢だと解釈することができるのでしょうが、時系列的にあれがいつのことか定かではないし、ひょっとすると、とても昔のことなのかもしれない。中世の王様ときいて、そんなことも思いました。そして、獣性。たしかに、野獣の獣性が強調されていましたね。
川口 セックスアピールとしての野獣性を「食べる」という行為で表わした、とても性的な場面だと思いました。それをみてベルはおののくわけです。ああ、男だわって(笑)。それが彼女をどんどん目覚めさせてゆく。男性観客にとっても、そこはかとなくエロティックに感じる映画に仕上がったんじゃないかしら。それでいて決してポルノ的ではない。それが結局、美女(ベル)=レア・セドゥーの魅力を映画的にひきたててゆくことにもつながっています。
ジャン・コクトー版『美女と野獣』
川口 コクト―版の『美女と野獣』(1946年)はどうでしたか?
宮本 こちらは、今回初めてみました。野獣の外見、その手作業でつくりこまれている感じが今回の映画と通じている気がしました。個人的に好きなのは、しんと静まり返っている屋敷内の「燭台」。彫刻の像を実際に人が演じていて、密やかに動くところなんてたまらないです(笑)。
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川口 映画史的にも前衛的演出として知られるシークエンスですね。私はコクトー版の野獣は、やっぱり、ジャン・マレーとコクトーのホモセクシャルな関係抜きには語れないと思いました。ぜんぜん、ベルがきれいじゃないし。野獣もあまりベルを好きでもないみたいに見える。最後も抱擁すらしないでしょう? コクトー版で面白いと思ったのは、お散歩の途中、鹿が目に入った野獣が思わずそちらに気を取られるところです。ベルに「どうしたの?」っていわれて自分の獣性を申し訳ながる。喉が渇いた野獣にベルが手でお水をくんで飲ませてあげる場面も面白かった。猫みたいにぴちゃぴちゃ水を飲んだ後、「こんなのいやだろう?」って野獣がすまながるの。ベルから頭を撫でられて「動物みたいに私を撫でる」と抗議する場面では、あっさり「だってあなた、獣でしょ」って言い返されて。ベルとの関係がどこかS-M的で、ひたすらかしづくところが「中世の騎士とお姫様」っぽくってよかった。やっぱり、かしづかれたいでしょう?
宮本 たしかに、かしづかれたい(笑)。野獣の荒々しさも、美しいベルの前では屈服するしかないのでしょうね。一方、今回の映画では――
川口 今度の野獣はどうだ、ワイルドだろうってエバってた(笑)。逃げるベルを猛スピードで追いかけ、氷の上で倒れたところを上からおおいかぶさる感じになるでしょう? その途端、氷が割れて、沈んでいくベルを前足のツメでガって掴んで引き上げる……すごい動物的な男くささを出してる気がしました。娘と一緒に見に行きましたが、あそこは見せたくなかった(笑)!
宮本 あれは意外でした。もっと優しく抱き上げるかと思ったのに。けれども、映画の終わりに近づくと、例の赤いドレスをまとったベルが、水に沈んだ野獣を、今度は水面上から、みつめていましたね。立場が逆転したかのように。ベルの後方では兄弟たちが壮大な戦いを繰り広げているにもかかわらず、ベルと野獣だけのために時間がとまったかのような瞬間でした。
川口 そう、レア・セドゥーには、男を上から冷たく見下ろす視線が似合う(笑)。
フランス映画の矜持
川口 今度の『美女と野獣』も、最後は、三人の兄が、ベルを守って剣で魔物的なものと闘う場面がありましたよね。あそこも、お姫様願望を満たしてくれる場面でした。かしづかれて、守られてって、やっぱり、永遠に潜在的願望かもしれない(笑)。
宮本 そうですね。ベルも野獣と家族のあいだで板挟みになって、葛藤するし、闘っているわけですが、だからこそ、潜在的願望として守られたいというのはあったと思います。「魔物的なもの」といえば、途中に登場する大きな石の巨人の顔なんて、野獣より怖かったかもしれません。夢にでてきそう。お伽話に神話……、いろいろなエッセンスがつめこまれた映画ですね。お姫様願望というところでは、この映画の結末にきゅんとしました。冒頭、映画は“むかしむかし……”と語られて始まりますが、その語りがどう収束し、それをきいていた子供たちはどんな表情を見せるのか。そして、野獣はどうなるのか。そうやってみていくと、結末、あのオレンジ色に包まれたような光のなかで、私も幸せな気持ちになりました。
川口 お話を聞いている女の子が、ブリジット・バルドー以来、フランス女優定番ともいうべき唇のおおきな、おませな表情の美少女でしたねえ。やっぱり、映画は女優ですね!
宮本 そしてこのお話の原作は、フランスで書かれたのでしたね。コクトーの『美女と野獣』からディズニーの『美女と野獣』へ、そしていままたフランス映画として完成した……。
川口 そういう意味では、世界を席巻する米映画資本=ハリウッドの向こうをはって、SFXもかなりがんばって駆使しつつ、ディズニー映画にはない大人のセクシュアリティと、映画発祥の地ならではの、映画会社の名門の血をひく令嬢女優を出してきて、ディズニー版から『美女と野獣』を再奪取した映画といえるかもしれません。映像的にも素晴らしく美しい! そこはかとないエロスの漂う『美女と野獣』でした。みなさん、これは映画館で見なければ!
宮本 川口さんにおしえていただけて、きょうはとてもたのしかったです。
川口 映画の話はつきないですね。映画を見て、話して、眠りにつく……今日は映画の続きの夢が見られそうです(笑)。
11月1日(土) TOHOシネマズ スカラ座他にて全国公開
公式HPはこちら
参加者紹介:
川口 恵子 1984年秋から86年初夏までパリIII大学に籍をおき、ひたすら街歩きしながら映画館めぐりをしていました。パン・オ・ショコラを見るとあの頃を思い出します。『パリのフランス語入門』(三省堂)『ゼロから話せるフランス語』(三修社)のコラムでフランス映画の紹介をしています。
宮本 明子 今回訪ねたのはエッフェル塔近くのパリ日本文化会館やシネマテーク・フランセーズなど。どれも展示がすばらしく、充実していました。大学時代はフランス語文法に苦しみましたが(笑)、フランスは空港も街も居心地がよく、落ち着きました。いつかまた訪ねてみたいです。
『美女と野獣』(原題:La Belle et La Bête)
STORY:バラを盗み、命を差し出せと言われた父の身代わりに、野獣の城に囚われた美しい娘ベル。死を覚悟するも、野獣はディナーを共にすること以外、何も強要しない。やがてベルは、野獣の恐ろしい姿の下にある、もう一つの姿に気付き始める。かつてその城で何があったのか、野獣が犯した罪とは?いま、真実の愛が、隠された秘密を解き明かしていく――。
監督:クリストフ・ガンズ
キャスト:レア・セドゥ/ヴァンサン・カッセル ほか
配給:ギャガ
提供:アミューズソフトエンタテインメント、ギャガ
上映時間:113分
製作国:仏独合作
配給会社:ギャガ
(C)2014 ESKWAD – PATHE PRODUCTION – TF1 FILMS PRODUCTION ACHTE / NEUNTE / ZWOLFTE / ACHTZEHNTE BABELSBERG FILM GMBH – 120 FILMS
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カテゴリー:新作映画評・エッセイ / 特集・シリーズ
タグ:セクシュアリティ / ファッション / ジェンダー / セクシュアリティ研究 / 食べる / 川口恵子 / フランス映画 / レア・セドゥー / 宮本明子 / 女性表象 / 女と映画 / 食事 / クリストフ・ガンズ
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