2014.11.25 Tue
『アレグリアとは仕事はできない』
作:津村記久子
筑摩書房(ちくま文庫)、2013年
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この連載エッセイでは、1990年代末から時代を下る形で、女性たちが働く職場をリアルに描いたドラマを取り上げてきた。前回でついに直近の作品まで追いついてしまい、手札が尽きたかと思われたが、この秋のクールでは、シリーズ化したものもふくめ、なぜか女性を主人公とした職業モノのドラマが目白押しである。ただ現時点では完結していないので、今回は、前から取り上げたかった小説に脱線させていただく。
テレビドラマの中で「お仕事ドラマ」と呼ばれるジャンルには、ちょっとした事件(おもに恋愛)を織り込みつつも、基本的には淡々とした職場の日常を描いた佳品もあることはある。だが、大きな動きがとくになく、とりあえず登場人物が毎日会社に行って、日々の仕事をこなすだけという姿を題材にしても成立するのは、やはり小説の方だろう。中でも津村記久子は、「働く日常」からささやかなドラマをすくいとる名手である。いや、むしろ作り込んだ仕掛けを用意しているのに、読者に「こういうことって、いかにもありそう」と思わせるのがうまいのか。
そういうありそうでなさそうな、でもやっぱりそこらへんで起きていそうな話が『アレグリアとは仕事はできない』に収められた表題作である。アレグリアとはいったい何なのか、見当もつかずに手に取ったが、読み始めてすぐに、それが大型複合コピー機の商品名であることがわかる。高機能の最新機種という触れ込みで導入されたこの機械は、プリンタ、スキャナ、コピーの3つの機能を持つ。
地質調査会社に中途採用されて2年目の主人公ミノベは、先輩の女性社員トチノとともに、他の社員が作成する地盤の調査結果を報告書として製本する作業を担当している。その作業の性格上、アレグリアのコピー機能を使うのは、主にこのミノベとトチノ先輩の2人ということになる。他方、大半の男性社員たちは、LANでつながっているアレグリアをデータの出力やスキャンのために利用する。そしてアレグリアは、データ出力やスキャン用途では申し分ない性能を発揮するにもかかわらず、コピーに関しては頻繁にトラブルを起こす。まるで「何分も連続して同じ原稿の出力物を吐き出すという単純なことには価値を感じて」おらず、「それをさげすんでいるような」対応を見せて、ミノベを日々苛立たせるのである。ミノベの目には「快調なスキャン機能で、主にそれを使う男性社員の歓心を買い」、「媚を売る相手を選んでいるように」さえ映る。そんなアレグリアにミノベは憎しみを募らせ、罵詈雑言を投げつけないではいられない。
コピーを気まぐれに中断し、すぐウォームアップ状態に入ってしまうこの機械が過剰ともいえるミノベの敵意を買うのは、ミノベがハサミやステープラーから旧型PCにいたるまで、組織のヒエラルキーの最下層にいる自分にあてがわれたオフィスの道具たちをうまく使いこなすことに情熱を傾けてきたからでもある。さまざまな機械の癖を飲み込み、折り合いをつけ、手なずけることで自分の仕事をまっとうしようとしているミノベにとって、アレグリアは誠意が通じないばかりでなく、いっさい連携の取れない相手だった。一緒に働くトチノ先輩も、同じようにアレグリアに振り回される立場ではあるが、「たかがコピー機なんだし」と冷静なままで共闘はしてくれないため、ミノベは孤独を感じている。頻繁に苦情を持ち込む先のサポートセンターの応対も、メンテナンスの担当者も、ビジネスライクな態度を崩さず、ミノベはひとりでアレグリアに対する過多な感情を持てあますしかない。
そうこうするうちに、大部の報告書作成が必要となる納期が近づくと、ミノベはアレグリアの不確実な動きに合わせたスケジュールで仕事を進めることを思いつく。一方、他の作業を優先させ、納期ぎりぎりにコピー作業を始めたトチノ先輩は、肝心なところで動きを止めてしまったアレグリアのせいで、きちんとした報告書が作れず、営業担当の男性社員に頭ごなしに叱りつけられる羽目になる。その事件の直後、トチノ先輩は無断欠勤をし、ついには体調不良を理由に退職してしまう。他方アレグリアはスキャンとプリントアウト機能までも停止して、男性社員たちをうろたえさせる。それまで再三起こしてきたコピートラブルとは違い、男性たちがメインで使ってきた機能に支障をきたしたことで大騒ぎになるというのも、いかにもありそうな話である。事ここに至ってミノベは、メンテナンス担当者のアダシノもまたアレグリアに関して複雑な思いを抱えていた人間であり、ついに共闘相手が見つかったことを悟る。今回のトラブルの原因はじつはトチノ先輩の実力行使によるものだったが、ミノベはアダシノと結託し、出荷時の致命的なエラーが見つかったという名目でこの機械を葬り去ることに成功する。
アレグリアは高機能を売り物にした機械であるが、ミノベは最初から「女」扱いしている。それがなぜなんだろう、と最初は思っていた。名前のせい?だがよく考えてみれば、高機能とはいえOA機器であるアレグリアは、基幹業務を担う社員たちのサポート役であることに変わりはない。職場に次々に導入される機器を使いこなし、「誰にも迷惑をかけずに仕事をしてゆく」ことを心がけるミノベのようなOLたちにとって、本来、これらの機械は同志であり、その「協力は必須」の存在である。にもかかわらず、そもそも導入する機械の選定にあたって、彼女たちには発言権がない。ミノベが「(高機能複合機の)開発をしている人はコピー機を使うんでしょうか」とアダシノに問いかけたくなるくらい、現場で地道かつ単純な作業に従事する彼女たちの苛立ちは行き場がない。機械搬入担当者であるシナダは、自分が入れたアレグリアのコピー機能の欠陥には興味を持たず、そのせいで十分な結果を出せなかったトチノ先輩とミノベに向かって「どういう意識で仕事をしているんだ」となじる。そのシナダはミノベに「仕事はただ、言われるままにやればいいというものではないんだよ」「創造性を持たなきゃ」と説教したこともあるが、ミノベの協力者であるべきアレグリアは、まさに創造性を発揮する余地のない単純コピー作業をさげすむかのようなふるまいをするのである。それは、もしかしたらOLたち自身が翻したい反旗なのではなかろうか。
しかし、この小説に登場する女性たちはあくまでも真面目に自分の仕事と向き合っている。どんな時も落ち着きを失わず、「ほかの社員の利益を優先させる」トチノ先輩。心の内はわからないが、サポートセンターの窓口にいるニシモトさんは、度重なるミノベからの苦情電話に辟易しながらも誠実に対応しようとし、アダシノに「うちの会社ってそんなにひどいもの売ってるのかな」とつぶやいたりもする。短気で、先輩ほど真面目ではないと自認するミノベにしても、自分が一緒に仕事をしているのがメーカーにも答えられないようなトラブルを起こす機械であると認めてもらいさえすれば、「わたしはその理不尽と共存できる」と考える。
こんな人と機械のあいだのバトルの勃発と終焉が読み手の感情移入を誘うのは、スケールの大小はともかく、どんな職場も理不尽なことに満ち溢れているように見えるからだろうか。そして、私たちはその理不尽に時に憤り、時に受け入れる覚悟を固めつつも、とりあえずまっとうに仕事がしたいと思っているのではないだろうか。
「ドラマの中の働く女たち」は毎月25日に掲載予定です。これまでの記事はこちらからどうぞ。
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